覚え書:「書評:おいしい資本主義 近藤康太郎 著」、『東京新聞』2015年10月11日(日)付。

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おいしい資本主義 近藤康太郎 著

2015年10月11日

◆米作りを体験、生き方探る
[評者]鶴見済フリーライター
 衣食住の全てをお金で買っている我々にとって、働くことはそのお金を手に入れるためのやむをえぬ手段にすぎない。そのためお金にならない仕事はどんなに意義があっても、「食べていくために」諦めざるを得ない。しかしその諦めが蔓延(まんえん)した社会では生きていくことはできても、肝心の生きたいという動機自体が失われるのではないか。
 それならば最低限自分の「食べていく」ものだけは作り、あとはやりたい仕事をやるという生き方はできないか。本書はまさにこれを実践しようと、長崎の支局へ異動した名物記者が本業の傍ら毎朝一時間だけ自らの米を作ってみたルポとアジテーションの書だ。
 ここで秀逸なのは、違和感があればどんな正論にも真っ向から異議を唱えていく姿勢だ。著者は資本主義を痛烈に批判するが、いわゆるエコロジー的な考えにも安易に同調しない。農薬の危険性は承知しながらも、周囲に害虫の被害を及ぼさないために自らもそれを撒(ま)く。山からの水を独り占めする大先輩とも、上手(うま)く関係を取ることで解決する。周囲との調和を最重要視し、人と人とのつながりを解体した近代社会を批判する。その一方で、近代化の産物である個人の自由をこの上なく愛しているのもまた著者自身なのだ。
 資本主義、エコロジー近代主義、反近代主義、いずれの考えも完全に正しいわけではない。それらを丁度(ちょうど)よく修正するには、どの立場にも迎合することなく、こうした異論を丁寧に積み重ねていくしかない。著者のなれ合いを嫌う姿勢は、こうした点でも大きな成果をあげている。
 この体験記を読んで、米作りが楽だと思う読者はいないだろう。またひと一人が一年間に食べる米の値段はそれほど高くはない。買ったほうが早いと言いたくもなる。大きなものには抗(あらが)うよりも諦めて従ったほうが楽なのだ。けれども生き生きと抗っている著者の姿こそが、そこに少なからぬ価値があることを訴えかけてくる。
 (河出書房新社・1728円)
 <こんどう・こうたろう> 1963年生まれ。朝日新聞記者。著書『リアルロック』。
◆もう1冊
 瀧口夕美著『安心貧乏生活』(編集グループSURE)。低収入でも自助や相互扶助で安心できる生活を実践している人々のルポ。
    −−「書評:おいしい資本主義 近藤康太郎 著」、『東京新聞』2015年10月11日(日)付。

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おいしい資本主義
おいしい資本主義
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