覚え書:「ケインズ対フランク・ナイト 酒井泰弘 著」、『東京新聞』2015年11月15日(日)付。

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ケインズ対フランク・ナイト 酒井泰弘 著

2015年11月15日
 
◆真の「不確実性」めぐる比較
[評者]根井雅弘=京都大教授
 著者の名前は、経済学を専門に勉強してきた私たちにとっては、何よりも初期の代表作『不確実性の経済学』(一九八二年)によって記憶されている。だが、その「不確実性」とは、本書の主題になっている「不確実性」ではなく、保険数理的に計算のできる「リスク」といってよいものだった。
 著者は一般均衡理論を学んだあと、情報が完全ではなくリスクを伴うような経済分析の分野で成功をおさめた研究者である。だが、リスクとは違って確率計算さえできないような、真の意味での「不確実性」を真正面から取り扱った二人の大物経済学者(ケインズとナイト)は、長年にわたって気になる存在だったようだ。
 ケインズは一九二一年に『蓋然性(がいぜんせい)論』を出したが、くしくも同じ年にナイトも『リスク、不確実性および利潤』と題する本を書いている。この二著が真の意味での不確実性と深くかかわっていることはよく知られるようになった。不確実性は、リーマン・ショックのような金融危機の際にも何度も言及されたものだが、両者の思想史上の位置づけは全く同じではない。著者は、同じ不確実性重視でも、ケインズはマクロ、ナイトはミクロに関心をもっていた、というふうに分類している。
 ナイトは第二次世界大戦前からシカゴ大学で重きをなし、シカゴ学派の長老として扱われてきたが、彼は『競争の倫理』(一九三五年)の著者でもあり、その「複眼思考」は現代シカゴ学派を強力なリーダーシップで率いたフリードマンの市場万能論とは明確に異なる。これは正確な理解である。
 他方、ケインズは、のちに『雇用、利子および貨幣の一般理論』(一九三六年)のなかで、不確実性と深くかかわる企業家の投資決定や流動性選好などに焦点を合わせて、ケインズ革命と呼ばれるほどの大変革を成し遂げた。
 派手なケインズと地味なナイトを比較対照させた類書は極めて少ない。熟読に値する力作である。
 (ミネルヴァ書房・4104円)
<さかい・やすひろ> 筑波大名誉教授。著書『リスクの経済思想』など。
◆もう1冊 
 ダニエル・コーエン著『経済は、人類を幸せにできるのか?』(作品社)。経済と人類の関係を問い直し、二十一世紀の課題に答える。
    −−「ケインズ対フランク・ナイト 酒井泰弘 著」、『東京新聞』2015年11月15日(日)付。

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