覚え書:「【書く人】逆境に立ち向かう男 『鯨分限(くじらぶげん)』作家・伊東潤さん(55)」、『東京新聞』2015年11月15日(日)付。

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【書く人】

逆境に立ち向かう男 『鯨分限(くじらぶげん)』作家・伊東潤さん(55)

2015年11月15日


 「今の世の中は仕事への情熱とか責任感が欠けている。誰が責任者なんだと思うことが日々ある」。新国立競技場の建設や東京五輪エンブレムをめぐる混乱を引き合いに出しながら、作家は怒った。「どんな苦難が待ち受けていようと、嫌な仕事だろうと、上に立つ者は逃げてはいけない。それを伝えたかった」
 その新作で描かれるのが、紀伊半島の漁村・太地(たいじ)の古式捕鯨集団「鯨組」の最後の棟梁(とうりょう)、太地覚吾(かくご)という人物だ。時は幕末から明治の激動期。時代の変化の荒波とともに、数々の試練が覚吾を襲う。
 慢性的な鯨の不漁、安政南海地震津波の大被害、蝦夷地(北海道)への進出を懸けた資金調達の失敗。そして「大背美(おおせみ)流れ」と呼ばれる大遭難事故では、百人以上の部下が命を失った。いずれも史実だ。「どんな不運にも正面から立ち向かうのが覚吾。結局時代には勝てなかったかもしれないが、戦い抜いたという事実が大切だ」
 同じく太地の鯨漁を描いた『巨鯨の海』(二〇一三年)の取材を通じ、その存在を知った。決して偉業を成し遂げたわけではない。一見、歴史小説の主人公に据えるには難しそうな人物だが、「今の時代、夢を実現した成功譚(たん)より、絶対にあきらめない男の話の方が共感してもらえるんじゃないか」と考えた。
 図らずも刊行直後、環太平洋連携協定(TPP)が大筋合意に達した。海外捕鯨船の乱獲で鯨の減少に直面した太地の苦悩は、近い将来、海外との激しい競争にさらされる日本の姿とも重なる。「時代の激変期には、ピンチをチャンスに変えようとする発想の転換によって道は開けていく」
 外資系企業に長く勤め、四十二歳で初めて歴史小説を書いたという異色の経歴。「ビジネスマン時代の経験から、『本は売れてなんぼ』という考え方は一面正しいとは思う。ただ、次の世代に伝えていきたいことは、それを度外視して書いていきたい」
 年四〜六冊のペースで歴史小説を発表しながら、歴史研究本も多数執筆。「出版不況、結構じゃないですか。私の座右の銘は『逆境上等』です」。そう語る姿は、太地覚吾その人とも重なって見えた。光文社・一八三六円。 (樋口薫)
    −−「【書く人】逆境に立ち向かう男 『鯨分限(くじらぶげん)』作家・伊東潤さん(55)」、『東京新聞』2015年11月15日(日)付。

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