覚え書:「書評:あこがれ 川上未映子 著」、『東京新聞』2015年11月22日(日)付。

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あこがれ 川上未映子 著

2015年11月22日
 
◆世界を素直に受け取る力
[評者]千野帽子=エッセイスト
 最初の三分の一を占める第一章の<ぼく>は小学校四年生。スーパーマーケットでパンや洋惣菜(そうざい)を売っているミス・アイスサンドイッチ(心のなかで勝手にそう呼んでいる)がなぜか気になってしょうがない。
 お父さんは<ぼく>が四歳のときに死んだ。ミス・アイスサンドイッチのことを話す相手はおばあちゃんだけ。ママにはその話をしなかったのだけれど、あるとき同級生のヘガティー(<ぼく>がつけた綽名(あだな))にその話をすると、彼女は<ぼく>が思いつきもしなかった指摘をするのだった。
 男子は女子に比べて、自分の体が感じていることとうまくつながることができない。このことを、ここまでサクっと図星を指してくる小説は珍しい。
 ヘガティーも幼時に母を失っている。小説の残り三分の二を占める第二章は、卒業を控えた二年後の<わたし>ヘガティーが語り手になる。
 有名な映画評論家であるお父さんが<前妻とのあいだにも一女をもうけている>という記述を、インターネットを使った「調べ学習」中に<わたし>は偶然見てしまう。<わたし>は麦彦(これが第一章の<ぼく>だ)とともに、まだ逢(あ)ったことがない異母姉に会いに行こうと試みる。
 小説の終わり近く、<わたし>はある人物に手紙を書く。ここで私は胸が詰まってしまった。
 彼女にだけ見えている世界があり、彼にだけ見えている世界がある。自分には見えていなかった世界、他人が見ている世界を、素直に受け取るということは、じつは簡単なことではない。私たちの小我が、つまらないプライドが、それを受け取ることを邪魔する。
 それに比べて麦彦とヘガティーは、相手が差し出してくれる世界を、なんと素直に受け取っていることだろう。ここで小説は「世界VS個」という近代文学の枠組みからはずれて、世界との融和のモデルを提示する。だから読後に、こんなにも励まされてしまうのだ。
(新潮社・1620円)
<かわかみ・みえこ> 1976年生まれ。作家・詩人。著書『乳と卵』『水瓶』など。
◆もう1冊 
 川上未映子著『ヘヴン』(講談社文庫)。共にいじめられている中学生の「僕」と女生徒の友情を描き、善悪とは何かを問う長篇小説。
    −−「書評:あこがれ 川上未映子 著」、『東京新聞』2015年11月22日(日)付。

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