覚え書:「原爆、家族の悲しみ「じわっと」 吉永小百合さん、山田洋次監督の映画「母と暮せば」主演」、『朝日新聞』2015年12月08日(火)付。

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原爆、家族の悲しみ「じわっと」 吉永小百合さん、山田洋次監督の映画「母と暮せば」主演
2015年12月8日

(写真キャプション)吉永小百合さん=山本和生撮影

 戦後70年の締めくくりに山田洋次監督の映画「母と暮せば」が公開される。長崎の原爆で息子を失った母親を、吉永小百合さんが情愛を込めて演じる。終戦の年に生まれ、「戦後×年という言い方がいつまでも続いてほしい」と願う吉永さんにとって、119本の出演作の中でも特別な作品になりそうだ。

 きっかけは井上ひログイン前の続きさしさんだった。広島の原爆で父を失った娘を描く「父と暮せば」を発表した井上さんは長崎がテーマの「母と暮せば」を書きたいと漏らしていたという。しかし、果たさないまま他界。その遺志を継いだ山田監督がオリジナル脚本を作り上げた。

 吉永さん演じる伸子は息子の浩二(二宮和也)と2人暮らし。助産婦で生計を立て、浩二を医大に通わせていた。1945年8月9日。原爆が投下され、浩二の肉体は一瞬にして溶けてしまう。3年後。墓参りを済ませて帰宅した伸子の前に、浩二の亡霊が現れる。

 山田監督から出演依頼があった時「即答で、やりますと申し上げました」。むろん、いつも即答するわけではない。「山田監督の『母べえ』(2008年)の時は戦時中の母親役でした。小さな子のお母さんなので『年齢的に無理です』と申しますと、山田監督は『あの頃のお母さんは疲れていたんですよ』とおっしゃった。疲れたお母さんなら私にも出来るかなと(笑)」

 吉永さんは81年に放送が始まったNHKドラマ「夢千代日記」で、広島で胎内被爆した芸者を演じた。これがきっかけで始めた原爆詩の朗読会は現在も続けている。「朗読のこともあって山田監督は私にこの役を下さったのだと思います」

 吉永さんが朗読する詩の一編に、栗原貞子の「生ましめんかな」がある。被爆して死にひんした産婆が、最期に出産を手伝って旅立つという内容。今回演じる伸子の職業も助産婦なのは偶然だろうか。

 「命の継承に携わる仕事であることが大きいと思います。私自身、ちょうど70年前の3月に産婆さんに取り上げてもらいました。年を言うのは嫌なんですけど(笑)。すぐ防空壕(ごう)に入らねばならない状況だったそうです。その頃の産婆さんは大変だったでしょうね」

 映画の冒頭。原爆が落ちた瞬間の映像がすさまじい。「原爆は、人間が人間として生き、そして死ぬことを許さなかった。それが集約された映像でした。唐突に愛する人を奪われた家族のつらさを感じました」

 衝撃的な場面で始まるが、その後は、伸子の日常と、息子の亡霊との対話が丹念に描かれ、戦争反対の声高なメッセージはない。笑いの要素もふんだんに盛り込まれている。

 「松竹映画らしいホームドラマですね。山田監督も『原爆の映画ではなく、家族の映画です』とおっしゃっていました」。吉永さんは、かつて出演した68年の「あゝひめゆりの塔」を思い出すという。女学校の生徒で作られた看護部隊が沖縄戦でほぼ全滅する実話を元にした物語。吉永さんも女学生の一人を演じた。

 「あまりにも悲惨な状況に、私たちはパニックになって泣き叫んでいました。完成した映画を見た時、何かが違うと感じました。約20年後、ひめゆり部隊のドキュメンタリーを見る機会がありました。生き残った方が『涙も出なかった』と証言されていた。本当の悲惨さの前では表情がなくなるんだと知りました」

 「夢千代日記」も、声高な反戦ドラマではなかった。小さな温泉街が舞台のつつましやかな物語だった。「今回もダイレクトに反戦を訴えるのでなく、楽しいファンタジーとして描かれています。見終わった後、原爆で亡くなった青年の人生や、残された人々の悲しみがじわっと残ってくれれば」

 戦後70年の今年は単に数字上の節目ではなかった。安保法制が成立するなど実際にも曲がり角の年になった。「戦後×年という平和な時代がね、続かなくなるんじゃないかという危惧があります」と吉永さんは言う。戦後71年以降も「自分なりの方法で、(戦後×年を)続けていきましょうというメッセージを発信していきたいと思っています」。

 (編集委員・石飛徳樹)

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 「母と暮せば」は12日全国公開。共演は黒木華加藤健一、浅野忠信ら。ノベライズ版「小説 母と暮せば」(山田洋次、井上麻矢著)は集英社刊。大下英治による評伝「映画女優 吉永小百合」が朝日新聞出版から刊行された。
    −−「原爆、家族の悲しみ「じわっと」 吉永小百合さん、山田洋次監督の映画「母と暮せば」主演」、『朝日新聞』2015年12月08日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12106213.html





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