覚え書:「【書く人】小説的魅力を鍵に 『謎と恐怖の楽園で ミステリー批評55年』文芸評論家・権田萬治さん(79)」、『東京新聞』2015年12月20日(日)付。

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【書く人】

小説的魅力を鍵に 『謎と恐怖の楽園で ミステリー批評55年』文芸評論家・権田萬治さん(79)

2015年12月20日


 小学生のころから探偵小説が大好きで、戦局悪化で山形県疎開していたときも、友人の家の土蔵に眠っていた江戸川乱歩全集をむさぼるように読んでいた。そんな少年が一九六〇年にレイモンド・チャンドラー論で評論活動を開始して以来、五十五年になる。
 さぞ愉快なミステリー人生と思いきや、「読むのはもちろん楽しいけれど、批評となるとそうとも言えません。慢性的な睡眠不足と極度の眼精疲労で、むしろ大変でした」。東京外語大フランス語科を卒業して就職した日本新聞協会を一九九一年に退職するまでは、「死んでしまうかもしれないという恐怖に襲われることもあった」という。
 本書には、そんな“二足のわらじ”の時代に執筆した水上勉星新一らの作家論、ダシール・ハメット『ガラスの鍵』、連城三紀彦『戻り川心中』などの作品論をはじめ、作家との対談や最新作の現代ミステリー論などを収録。これまでの批評活動を集大成する論集だが、一読して感じるのはE・A・ポー「モルグ街の殺人」(一八四一年)で始まる近代ミステリーの内外の流れが実に明快に、見通しよく描かれていることだ。
 書名はミステリーを「謎と恐怖の両義性の文学」と位置づけたフランスの作家ボワロー=ナルスジャックの定義による。権田さんは「両義性の文学」を「両義性の小説」と置き換えて、「謎と恐怖を楽しむエンターテインメント」と再定義。そのうえで、「あくまで上質のエンターテインメントであるべきで、通俗化を避け、小説的魅力を重視する」と書いている。
 日本の戦後の動きでは、松本清張の『点と線』『時間の習俗』や水上勉飢餓海峡』など一九五〇年代後半から台頭する社会派推理小説に注目。「謎解きの面白さとともに、日常的な現実を描いている。これが小説的な魅力で、清張さんは社会への洞察があり、たっぷり取材したあと小説として書き直している。水上さんのすごさは、自分の貧しい生い立ちを反映させて犯罪者の哀(かな)しみを描き出したこと。その後、たくさん亜流が出たけれど、社会の現実や事件の継ぎはぎをしてもノンフィクションに負けてしまう」と話す。
 社会構造の変化や犯罪の多様化、科学捜査の進化に対応して、現代ミステリーはハードボイルド、警察小説、サスペンス小説、スパイ小説、犯罪小説、冒険小説、モダン・ホラーなど、さまざまなジャンルに分化し、これらが一つの作品の中で混じり合う多彩な試みも行われている。
 活況を呈しているように見える「楽園」の将来を問うと、権田さんはこう答えた。「ミステリーが読まれるのは、平和で自由で民主的な社会です。戦時中の日本では探偵小説が敵性文学として発禁になり、アメリカでも一九五〇年代の赤狩りの時代に、ハメットは弾圧によって作家活動が事実上不可能になった。日本もこれから変な形で愛国心が高揚していくようだと、非常に危ういですね」
 光文社・三二四〇円。 (後藤喜一
    −−「【書く人】小説的魅力を鍵に 『謎と恐怖の楽園で ミステリー批評55年』文芸評論家・権田萬治さん(79)」、『東京新聞』2015年12月20日(日)付。

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