覚え書:「今週の本棚 岩間陽子・評 『日本陸軍とモンゴル』=楊海英・著」、『毎日新聞』2016年1月10日(日)付。

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今週の本棚
岩間陽子・評 『日本陸軍とモンゴル』=楊海英・著

毎日新聞2016年1月10日 東京朝刊
  (中公新書・907円)

満洲国に重ねた自由と独立の夢

 「男装の麗人川島芳子は、短い期間、モンゴル人と結婚していた。満洲族であった芳子の生涯は、日本帝国の野望に翻弄(ほんろう)された満洲族の悲劇そのものだが、夫ガンジョールジャブの生涯もまた、日本帝国の興亡と結びついた悲劇だった。

 本書は、日本の近代化、国民国家化、帝国化の過程に巻き込まれたモンゴル民族の歴史を扱っている。中心には、日本陸軍と深くかかわった、あるモンゴル民族の親子がいる。父バボージャブは、モンゴル近代騎兵の創始者として知られる。彼は日露戦争で、日本の特別任務班に参加して活躍した。ロシアに対する日本の勝利は、モンゴル民族にとって大きな希望となった。バボージャブの夢は、日本の力を借りて独立モンゴル国家を復活させることだった。

 日本には彼らの志を応援する「蒙古(もうこ)贔屓(びいき)」もたくさんいた。しかし、国家としての日本は、自らの政治目的に必要な範囲でモンゴル独立運動を利用して、捨てた。ロシアとの勢力圏分割を終え満洲国を作ると、日本はモンゴル民族の統一国家に興味を失い、満洲国の「五族協和」の中に、モンゴル民族を押し込めようとした。

 志半ばにして戦場に散ったバボージャブの息子、ガンジョールジャブとジョンジョールジャブの二人は、日本に渡り、陸軍士官学校で教育を受け、満洲国の軍人となった。満洲国において日本が許可した東北蒙師範学校や興安軍官学校は、モンゴル語によるモンゴル人教育を許したため、大日本帝国の能吏を育てる代わりに、モンゴル民族主義者たちのゆりかごとなった。満洲国の短い歴史の間、帝国の中にモンゴル人を取り込もうとする日本側と、独立国家を勝ち取るために満洲国を利用しようとするモンゴル民族主義者たちのせめぎ合いは続いた。

 敗戦間際の混乱の中、弟ジョンジョールジャブ少将は、日本人将校に銃口を向け、処刑するといういわゆる「シニヘイ事件」を起こした。兄ガンジョールジャブ中将の方は、日本人への仁義を守り静かな撤退を許した。兄弟は、共にソ連軍にとらえられ、シベリアに抑留されたが、一九五〇年八月に中華人民共和国に強制送還された。その余生は、多くのモンゴル人同様悲しいものだった。

 著者楊海英(ようかいえい)は、その中国で生まれ育ち、後に日本で学んだ。モンゴル人として、中国人が書いたものを信用せずに育ち、日本においてモンゴル民族の歴史を再発見した。中国では見つけることのできなかった興安軍官学校の記録を、防衛省の戦史研究室と靖国神社の偕行(かいこう)文庫で発見した。日本もまた、モンゴル民族を利用した帝国主義に他ならないと認めつつ、祖先たちが日本で垣間見た自由への夢に共感せずにはいられない。その愛憎が混沌(こんとん)とする著者の胸中の葛藤が、本書の魅力である。

 近代ヨーロッパの産物である国民国家ナショナリズムが世界中に広まる過程で、日本が演じた役割をなんと形容すればいいのか。多くのアジア人に夢を与えたと思う間もなく、自らが帝国経営を始め、彼らの気持ちを踏みにじった。幕末から明治期日本の爆発的エネルギーは、欧米帝国主義に触れたことによる、強烈な自意識と生存本能の目覚めそのものである。同様のことが、当然アジアの他の諸民族にも起こるであろうことを、なぜ理解しなかったのか。それでも大国の狭間(はざま)で生きる民族は、どこまでもたくましくしたたかだ。今日再び膨張しようとする中国の周縁では、多くのドラマがくり広げられている。日本が自分に都合の良い物語を読み込もうとしても、結局うまくは行かないだろう。
    −−「今週の本棚 岩間陽子・評 『日本陸軍とモンゴル』=楊海英・著」、『毎日新聞』2016年1月10日(日)付。

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