覚え書:「火論:独裁者の論法=玉木研二」、『毎日新聞』2016年1月26日(火)付。

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火論
独裁者の論法=玉木研二

毎日新聞2016年1月26日 東京朝刊
<ka−ron>

 前回に続きヒトラーの「わが闘争」に触れる。過てる反面教師としてである。

 彼が政治活動の中でも、とりわけ「宣伝」の重要さを主張したことはよく知られている。偏狭な人間観もそこに表れている。角川文庫の「わが闘争」(平野一郎、将積(しょうじゃく)茂訳)から引く。

 <宣伝の技術はまさしく、それが大衆の感情的観念界をつかんで(中略)大衆の注意をひき、さらにその心の中にはいり込むことにある>

 ヒトラーは<大衆>は忘れやすいとして、こういう。

 <すべて効果的な宣伝は、重点をうんと制限して、そしてこれをスローガンのように利用し、そのことばによって、目的としたものが最後の一人まで思いうかべることができるように継続的に行われなければならない>

 単純化と継続的な繰り返し。これはしばしば商業広告に通じるといわれてきた。

 映像や放送を巧みに利用したヒトラー腹心の宣伝相ゲッベルスもである。

 だが現代の宣伝広告は、手法や媒体ともに進化、多様化し、確立したアートとして受け入れられている。映像も放送もしかりである。

 放送などは後年「西」側の自由圏から「東」側へ流れ、冷戦構造を揺るがす一つのきっかけにもなった。

 一方で、本質的に旧態依然として変わらないのは、政治の世界のプロパガンダ(宣伝)である。今も盛んな極論の連呼やキャッチフレーズの刷り込みがそれだ。

 ヒトラーは「宣伝」の役割についてこうも述べる。

 <その作用はいつもより多く感情に向かい、いわゆる知性に対してはおおいに制限しなければならない>

 宣伝に知性は邪魔だというのである。今も「全体主義」に通じる「反知性主義」の一端を見るようだ。

 1933年1月、ヒトラーは政権を掌握した。日本はどう見たか。満州事変と「満州国」をめぐり国際的孤立化に焦慮していたころである。

 東京日日新聞は、新政権のあるじ「熱血漢ヒツトラー氏」の人物紹介を載せた。オーストリアの寒村に生まれ、第一次大戦敗北で奮起、ドイツ復興に立ち、ミュンヘンの居酒屋から闘争を開始し……と立志伝風に短くまとめる。

 記事によると、スポークスマンを通じて「共和国憲法」(ワイマール憲法)順守を声明したが、ほどなくそれはあっさりとほごにされる。

 「熱血漢」の底知れぬ危うさを、日本も見抜けなかったか。やがて日独は同盟を結び挫折する。(専門編集委員
    −−「火論:独裁者の論法=玉木研二」、『毎日新聞』2016年1月26日(火)付。

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