覚え書:「耕論:図書館の原点 永利和則さん、磯崎憲一郎さん、鎌倉幸子さん」、『朝日新聞』2016年1月27日(水)付。

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耕論:図書館の原点 永利和則さん、磯崎憲一郎さん、鎌倉幸子さん
2016年1月27日
 
 そもそも公立図書館の役割とは何なのだろう。「ツタヤ図書館」の独創的な手法が論議を呼ぶ昨今、改めてその原点が問われている。本にかかわる仕事のプロ3人に聞いた。

 

 ■公の使命、ビジネスが侵食 永利和則さん(小郡市立図書館〈福岡県〉館長)

 街角の古ぼけた図書館が、カフェや書店を併設した「ツタヤ図書館」に変わり、おしゃれになった、といった話が出回るたびに、私は違和感を抱いてきました。

 小泉政権時代に広がった「官から民へ」という潮流に乗って、民間に委ねれば新しいことが何でもできる、素晴らしいものになる、といったバラ色の論理に支配されているように感じたからです。

 でも、現実は違う。多くの自治体が民間の「指定管理者」に図書館運営を委ね始めたのは、コスト削減のためです。財政難から人件費抑制を求められるなか、格好のターゲットとなったのが公立図書館でした。その結果、そもそも図書館で何をしたいのかという基本方針も定めぬまま、すべて民間に丸投げする自治体まで出てきたのです。

 公立図書館の運営は、民間にはそぐわない。そう思うのは、私たちの図書館も2006年度から3年間、運営を指定管理者に委ねた末、再び市の直営に戻した経験があるからです。

 小郡市職員の私は08年、市が出資した公社に出向し、指定管理者の立場で図書館長になりました。その1年は、市議会にも教育委員会にも出席できず、公の場で発言できなかった。現場の個々の問題には対応できても、その原因を解決するための政策決定過程には関われない。どうしても受け身になるのです。

 ただ、公立図書館はあくまで行政サービスです。自治体の責任で設け、住民の税金でまかなわれる。財源が限られていくなか、そもそも公共の役割とは何か、コストの視点だけで見ていいのか、といった議論が広がるでしょう。

 私は、原点は民主主義にあると思います。

 社会に関わり、地域の未来を思い、どうやって良くしようかと考える。そんな良き市民、現場で民主主義を支える人材を育んでいくのが公立の役割だと思うんです。そのために必要な情報を提供する。それがいつか税収を増やし、地域社会も持続させる。

 民間が運営する公立図書館を見に行ったとき、雑誌販売などのビジネスに侵食され、児童スペースが圧縮されているのに気付きました。それが私には、公立が本来持つべき教育の視点が抜け落ちた象徴のように見えた。

 学校支援と社会教育。この二つの教育分野こそ、公立図書館が担うべき責務だと思います。地元の学校図書館を支援し、子どもたちに読書の習慣をつけてもらう。社会人の学び直しの場ともする。

 栃木県小山市では、市直営の図書館が脱サラした人の農業支援に力を入れています。どこも地味なのは否めない。でも各地の図書館が、地元が抱える課題を解決する拠点になろうと、工夫をこらしているのです。(聞き手・萩一晶)

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 ながとしかずのり 1955年生まれ。日本図書館協会理事。79年小郡市役所に入り2008年から現職。図書館勤務は3回目で計20年。

 

 ■「部数信仰」に陥ってないか 磯崎憲一郎さん(小説家、東京工業大学大学院教授)

 図書館の大切な役割は、読書が好きな人、読書の習慣がある人を増やすことです。図書館でベストセラー本を借りた人の何割かだけであっても「小説って面白い! もっと読みたい!」と目覚めてくれる人がいれば、次は本屋に足を運ぶきっかけになります。

 書籍の売り上げ減少に直面する出版界では、新刊本を発売してからしばらくの間、図書館に貸し出しをやめるように求める動きがあります。私は反対です。もし貸し出す本を限定すれば、それだけ本に接する機会を奪うことになる。読書好きのマーケットを縮小させる方向に働くだけだと思います。本はさらに売れなくなるでしょう。

 出版界と図書館が対立して限られたマーケットを奪い合うのではなく、外に広げるように発想を転換すべきです。携帯ゲームやネットショッピングにお金や時間を使っている人たちにどうしたら本を手に取ってもらえるのか。本の世界に来てもらう方法を冷静に考えるべきだと考えます。

 この問題の根底にあるのは「部数信仰」です。出版界には昔から部数拡大を最優先し、ベストセラーにこだわる風潮があります。しかし、出版界が厳しい今、部数よりも重要なのは、個々の出版物が安定的に「収益」を生み出すモデルの確立だと思います。それが出版社の体力を強め、作り手の生活を守ります。

 初版30万部で100万部をめざす本と、初版1万部で5千部の増刷をめざす本では、ターゲットにする顧客、販売手法、コスト構造、価格設定は違ってしかるべきです。しかし、一律に「本」として扱われているのがいまの実態ではないでしょうか。

 ユニクロセレクトショップのシャツを比べれば、販売数や価格は大きく異なります。同じシャツでも売り込み方が根本的に違いますが、消費者も製造・販売業者も満足する形になっている。本もこのようなきめ細かいマーケティングをめざすべきです。

 図書館も「部数信仰」の影響を受けています。「読みたい人が多い」という理由で、ベストセラーの新刊本に頼ろうとしていないか。貸出数の増加といった「数字」にこだわり過ぎているように感じます。活字文化を守る観点から地域の文化や歴史に親しんでもらったり、絶版本を紹介する企画を考えたりすることなどによって、その存在意義を示すべきです。

 活字文化を守るには、出版界と図書館の協力が不可欠です。時代の流れで紙の本が電子書籍に形を変えても、本当に読書が好きな人を地道に増やしていくしかない。それぞれが「部数信仰」と決別し、少部数でも価値あるものに着目するきめ細かなマーケティングを通じ、多様性を守ることが重要だと考えています。(聞き手・古屋聡一)

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 いそざきけんいちろう 1965年生まれ。三井物産在職中から、小説を書き始める。2009年に「終(つい)の住処(すみか)」で芥川賞受賞。

 

 ■土地の記憶伝える「脳」に 鎌倉幸子さん(図書館コンサルタント

 東日本大震災の後、ボランティア会の一員として被災地入りした私は、炊き出しや後片付けに追われていました。ある日、宮城県気仙沼図書館が早くも3週間で復活した、と聞いて驚いたんです。なんで急いだのかなって。

 すぐに話を聞きに行きました。そうしたら、司書さんが「こんなときだからこそ図書館なんだ」という話をしてくれたんです。

 子どもたちの心に災害の嫌な記憶だけを残したくない。ふと手にした本の1行に救われた記憶。もやもやを表す言葉に出会った経験。そういうものこそ残してあげたい、いま出会う本が一生の支えになるはずだから、って。

 支援のあり方を考えていた私たちの会は「これだ」と思いました。かつて内戦で荒廃したカンボジアの子どもたちのために、図書室をつくった経験があったからです。

 200万人近い犠牲が出たポル・ポト政権下で、強制労働に駆り出され、親を殺された子どもたちが大勢いました。その泣くことも忘れた様子を見て、「心にも栄養を届けよう」と始めた活動でした。突然、人々から日常を奪い去るという意味では、戦争も災害も同じなんですよ。

 震災4カ月後、私たちは「移動図書館」の事業を始めました。たくさんの本を車に積んで仮設住宅を回るんです。会では、いまでも東北3県にある40カ所の仮設を5台の車で回っています。

 もう一つ、図書館の役割を考えるうえで忘れられない光景があります。震災1カ月後に、岩手県陸前高田市を歩いていたときでした。

 がれきのど真ん中に、白いシーツが1枚、はためいていた。そこに、こう書いてあったんです。

 「けんか七夕を復活させるのは俺だ」って。

 目が釘付けになりました。周りはまだ、がれきだらけなんですよ。こんな状況で、地元の伝統芸能を復活させたい、と強く願う人がいる。

 ああ、人間って、極限状況に追い込まれたとき、自らが生まれ育った土地、過去の記憶を振り返るものなんだなあって思いました。自分はどこから来て、どこに行くのか、と考える。自らのアイデンティティーを保とうとする。

 そんなときに助けとなるのが図書館だとも思うんです。その土地の記憶、知恵や経験を保存し、世代を超えて伝えてくれる。誰にでも開かれた場所です。人は忘れても図書館は忘れない。人々の「第2の脳」なんですね。

 図書館の歴史は古く、古代エジプトの時代にもあったそうです。当時、ある街では「魂の治療所」と呼ばれていたと専門家に教わりました。時が流れ、国が違っても、図書館にはそういう働きが求められているのではないでしょうか。(聞き手・萩一晶)

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 かまくらさちこ 1973年生まれ。99年にシャンティ国際ボランティア会に入り、昨年末に退職。著書に「走れ!移動図書館」。

 

 ◆キーワード

 <指定管理者制度> 公の施設の管理・運営を民間企業やNPO法人などにも認める制度。地方自治法改正で2003年に導入された。レンタル大手「ツタヤ」を展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が13年、佐賀県武雄市図書館の運営に乗り出して話題に。全国の公立図書館約3200館のうち、14年度までに民間企業を指定管理者としたのは10%程度。
    −−「耕論:図書館の原点 永利和則さん、磯崎憲一郎さん、鎌倉幸子さん」、『朝日新聞』2016年1月27日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12179198.html






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