覚え書:「耕論:個人情報どこまで守る 鈴木正朝さん、関聡司さん、小田嶋隆さん」、『朝日新聞』2016年01月29日(金)付。

Resize0662

        • -

耕論:個人情報どこまで守る 鈴木正朝さん、関聡司さん、小田嶋隆さん
2016年1月29日
 
 個人情報保護法が大幅に改正され、保護のお目付け役である「個人情報保護委員会」が今月1日発足した。膨大な個人情報がネットを行き交う時代。保護と活用のバランスはとれるか。

 ■活用のためにこそ保護を 鈴木正朝さん(新潟大学教授)

 個人情報保護法の全面施行から10年を経て、初の本格改正となりました。この間、ネットの主役はパソコンからスマートフォンに変わり、ソーシャルメディアで大量の個人情報が発信されています。

 膨大なデータを分析すると利用者の嗜好(しこう)もわかります。ビッグデータと呼ばれています。その中には、個人情報なのかどうか、はっきりしないものもあった。環境変化に応じ、保護すべき個人情報の定義を明確にしたのが、今回の改正の一つのポイントです。

 そもそも、個人情報とは氏名や住所など本人を特定する基本情報だけだ、という誤解がありました。個人情報とはこれらの基本情報が含まれるすべての情報を指します。今後定められる政令では、これに加え、旅券や免許証の番号、顔認証などの生体認証データを含むものも、個人情報と定義される見通しです。

 個人情報の保護をめぐっては、学校の連絡簿さえ作れない、といった過剰反応が起きました。情報を出したくない人たちが方便に使った面もあるのでしょうが、法律の難しさも確かにありました。

 名刺から医療情報まで、重みの違う多様な個人情報をカバーする、複雑な法律です。だから企業は安全策を取って「もらった名刺一枚なくしても個人情報漏洩(ろうえい)だ」と社員教育を徹底する。過剰反応の一因です。改正法ではその点、病歴など機微に触れる情報は「要配慮個人情報」として重みをつけ、強い保護規定が設けられました。

 個人情報保護委員会のような機関は先進各国にありますが、日本には存在しませんでした。個人情報はネットで軽々と国境を越えていきます。保護態勢も世界と歩調を合わせていかねばなりません。行政機関や地方自治体に対する監視・監督は、マイナンバー以外は管轄外になっていますが、委員会に権限を一元化すべきでしょう。

 「規制が強すぎて個人情報が使えない」という声を聞きます。でも欧州連合(EU)は、日本には十分な保護措置がないとして、個人情報の送信を禁じているのが現状です。新産業育成と国際競争に向けた利活用のためにこそ、適切な保護が必要なんです。

 日本の個人情報保護は欧米から3周遅れと言われてきました。今回の改正で2周遅れぐらいまで追いついた。改正法は技術の進展などに応じ、3年ごとに見直すとしています。今後も時代の変化に合わせた保護態勢が必要です。

 残された課題もあります。個人情報保護の中身である、プライバシーとは何か、という点が法律から抜け落ちている。守るべき人権としてのプライバシー権をしっかりと位置づけるべきです。それ抜きには人々の理解は進まないし、国際的な議論にも追いつけません。

 (聞き手・平和博)

    *

 すずきまさとも 1962年生まれ。専門は情報法。個人情報保護法改正案を議論した政府検討会委員。共著に「ニッポンの個人情報」。

 ■革新の芽摘まぬルールに 関聡司さん(新経済連盟事務局長)

 今回の改正では、法律の「目的」の条文に、個人情報の利活用が「新たな産業の創出」「活力ある経済社会及び豊かな国民生活の実現」に役立つものであるという、具体的な記述が追加されました。

 個人情報保護とバランスをとりながら、ビジネスにおける利活用を図っていきたいというのが、イノベーション(革新)推進を掲げる私たち新経済連盟の提案です。

 法案の検討過程では、政府の成長戦略と逆行するような「ガラパゴス的な過剰規制」の可能性がありました。

 そこで、個人情報の定義をむやみに拡大したりせず、例えば私という個人を識別し、特定するものに、明確に限定すべきだと主張しました。

 また当初案では、個人情報保護委員会への事前届け出の仕組みもありました。だがそれでは、機敏なサービス展開ができなくなり、世界的な競争力を阻害することになるため、なくすよう求めました。

 ビジネスや技術は常に動いていて、新しいものがどんどん出てきます。そのスピードと、制度のギャップは常にある。ただ、法律が先走って、イノベーションの芽を摘んではいけないと思います。

 今回の法改正のポイントの一つに、個人情報流通のグローバル化への対応もあります。

 ただ、欧米の個人情報保護の態勢を見ても、それぞれに違いがあります。

 個人情報の保護と利活用のバランスを取るためには、法律の条文だけでなく、実態の運用面も含めて、海外の状況も見極めながら、検討していく必要があります。

 各国の違いを加味しつつ、日本としてのルールを考える必要があるでしょう。

 改正法で重要なのは、これから決まる政令や規則です。

 今回、明確化された個人情報の定義には、具体的にどんなデータが含まれるのか。

 改正法では、信条、病歴、犯歴など特に慎重な取り扱いが求められる「要配慮個人情報」も新設されました。これについても、その他にどのような情報が該当するのか。

 また、データの第三者提供をする場合には記録作成が必要とされていますが、どこまで記録しておけばいいのか。

 本人同意なしに第三者提供ができる、新たな「匿名加工情報」という区分もそうです。どこまで匿名化の加工をすれば十分だと認められるのか。

 これらはビジネスの実務に直接かかわってきます。それに、個人情報の利活用で産業競争力を向上させられるかどうかという点に、大きく影響します。

 その意味では、新設された個人情報保護委員会やその事務局には、ビジネス実態が分かる人間を十分に交えて、バランスのいい議論をしてほしいと思っています。

 (聞き手・平和博)

    *

 せきさとし 1961年生まれ。警察庁防衛庁ネットワンシステムズなどを経て楽天入社。2012年から新経済連盟事務局長。

 ■提供拒める選択肢は必要 小田嶋隆さん(コラムニスト)

 ネットの利用が一般的になった1995年ごろは、メールアドレスは公開するのが普通でした。バーチャルな宛先だから危険はないと見なされていた。ネット以前には、市販される人名録に、著名人の電話番号や住所が当然のように載せられていたわけです。

 今でも、メールアドレスが何の情報にもひもづいていなければ、公開しても問題ないはずなんです。個人情報が危ないと言われているのは、情報を利用しようとする側の解析能力がすごく上がって、さまざまな情報を結びつけられるようになったからです。単独の情報の危険度が増したというよりも、それがつながってしまうことが危ない。

 一つ情報が漏れると、芋づる式に顔写真や買い物の履歴までさらされてしまうかもしれない。自分の顔がわかる写真をうっかり上げると、すぐ個人を特定されてしまう。脅迫とかテロに直結するわけじゃなくても、怖さはじわじわ強まっている。

 さらに怖いのは、間違った情報とつなげられてしまうことです。最近では、少年犯罪の犯人の実名がすぐにネットでさらされますが、中には、関係ない少年の名前が流れる場合もあって、ずっとネット上に残ってしまう。デマ情報のせいで、就職がダメになる可能性もある。否定するのはすごく大変です。

 かつては、あらゆる情報をリンクさせれば価値が高まるといわれました。でも実際には、つなげればつなげるほどリスクが高まることがわかってしまった。マイナンバーなんかその最たるものですよ。

 個人情報やビッグデータの活用は、95%の人にはメリットでも、5%にはデメリットかもしれない。誤解されやすい趣味・嗜好(しこう)を持っていたり、政治的に少数派だったり、LGBT(性的少数者)だったりする人の不利益につながる恐れがある。そういう懸念をネットで書くと、「後ろ暗いところがあるからだろう」といわれてしまう。

 でも、誰でも、いつ「5%」に入るかわからない。少年事件の犯人と同じ学校に通っていたというだけで、あらぬ疑いをかけられることもある。小さなことからネットで炎上して、個人情報をさらされ、たたかれるというのは誰にでも起こりうるんです。

 個々のデータが収集されるのは仕方ないけれど、それを互いに関連づけさせないことが重要です。どの情報を出して、どれを出さないかを、個人が選べるようにする。高速道路のETCがいくら便利でも、「利用履歴が残るのは嫌だから現金で払う」という選択肢は残すべきです。「ETCのない車は高速に乗るな」ではいけない。個人情報に限らず、民主主義の社会には、「おれは嫌だ」と言える権利が必要なんですよ。

 (聞き手・尾沢智史)

    *

 おだじまたかし 1956年生まれ。政治、ネット、スポーツなどを鋭く斬るコラムで知られる。著書に「超・反知性主義入門」。

 ◆キーワード

 <改正個人情報保護法> 昨年9月に成立し、要配慮個人情報、匿名加工情報といった新たな規定が盛り込まれた。また、省庁ごとに分かれていた監督権限を集約する個人情報保護委員会が今月1日に発足した。今後、政令・規則を制定し、2年以内に改正法が全面施行される。
   −−「耕論:個人情報どこまで守る 鈴木正朝さん、関聡司さん、小田嶋隆さん」、『朝日新聞』2016年01月29日(金)付。

        • -

http://www.asahi.com/articles/DA3S12183067.html


Resize0661


Resize0122