覚え書:「記者の目:ナビラさんと広島を歩いて=高尾具成(阪神支局)」、『毎日新聞』2016年2月17日(水)付。

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記者の目
ナビラさんと広島を歩いて=高尾具成(阪神支局)

毎日新聞2016年2月17日 東京朝刊

(写真キャプション)被爆者、小倉桂子さん(右)と話すナビラさん=広島市で昨年11月、高尾具成撮影

対話でテロにあらがえ

 130人が犠牲になったパリ同時多発テロから3カ月が過ぎた。フランスに米国やロシアも加わり、シリアやイラク領内にある過激派組織「イスラム国」(IS)への空爆が続く。だが国際人権団体によると、空爆の2次的被害やISによる「虐殺」で民間人犠牲者も増える一方だ。パリの事件とまさに同じ時期、パキスタンから来日した少女と被爆地・広島を歩いたことを改めて振り返っている。ナビラ・レフマンさん(12)は米軍の無人機攻撃の巻き添えで家族を失い、自らも負傷した。「戦争のない世界の実現のためには、対話が最も大切だと思う」。ナビラさんが原爆被爆者に伝えた一言を今一度、深くかみしめたい。

 ナビラさん一家は2012年10月、パキスタン北西部の自宅近くで空爆を受けた。農作業中の祖母(当時67歳)を亡くし、ナビラさんら9人も爆弾の破片で負傷した。無人機攻撃の非人道性を伝えたいと、教諭である父や弁護士らと現代イスラム研究センター(東京)の招きで昨年11月来日した。都内でシンポジウムに出席し、「平和の尊さを深めたい」という本人の強い希望で広島を訪れた。原爆資料館では子どもらの遺品や放射線被害の実態を食い入るように見つめ、「原爆の子の像」では、肌寒い雨の中、民族衣装にサンダル履きのまま自ら歩み出て鐘を鳴らし、祈った。

 01年9月11日に3000人以上が犠牲となった米同時多発テロ事件(9・11)が発生し、翌10月、米軍などは「テロとの戦争」を掲げ、国際テロ組織アルカイダとの関わりからアフガニスタンへの攻撃を始めた。武装勢力は国境を越えてパキスタン北西部へも流入し、ナビラさん一家の故郷でも戦闘が続いた。補償もないままに一昨年来、家を追われ、国内避難民となり、この1月、帰還政策により故郷に戻ったものの安全な状態ではないという。

並ぶ避難民の墓 「命の重さ」考え

 私が思い浮かべたのは、01年末から02年初めに取材したアフガン南西部の土漠地帯だった。空爆を逃れた避難民キャンプの外れ、小石で囲んだだけの土饅頭(まんじゅう)が並んでいた。たどり着いた末に亡くなった避難民の墓だった。一番小さな墓は01年末に35日間の短い生涯を終えた男の子のものだった。「これに包まれながら衰弱死しました」と、ぼろぼろの布を握りしめていた母親(当時30歳)の姿が浮かぶ。04年には9・11の犠牲者遺族に米国で話を聞き、墓も訪ねた。命の重さや遺族の悲しみに変わりはないはずなのに、名もなき土漠地帯の土饅頭と、故人の名や墓碑銘が刻まれた米国の墓と、その葬られ方の違いに割り切れなさが募った。

 米ブラウン大学ワトソン研究所が昨年発表した「戦争の代償」プロジェクトは、01年から14年までの間、アフガン、パキスタン両国での戦闘に起因した死者は推定14万9000人で、うち民間人は少なくともアフガンで2万6270人、パキスタンで2万1500人に達すると報告している。ナビラさんは生まれてからずっと戦火にさらされていたことにも気づかされた。

 01年11月に国連は「文明間の対話」と題した特別会議を開いている。会議を前にコフィ・アナン事務総長(当時)は「文明間の対話は、テロに対する不可欠な回答であるだけでなく、強敵となるだろう」との声明を出した。ナビラさんの言葉にも通じる。

「非戦」の思い、被爆者と共有

 広島で、ナビラさんは「平和のためのヒロシマ通訳者グループ」の小倉桂子代表(78)から被爆体験も聞いた。小倉さんは「一緒に戦争につながる『悪いもの』に対して立ち向かいましょう。広島や長崎の被爆者はリベンジ(報復)を考えなかったことも忘れないで」と語りかけた。そんなやりとりの中で、ナビラさんは「大切なのは対話」と語った。2人は年齢や国籍、宗教などを超え「非戦」への思いを共有した。

 紛争解決に向けて政治的・外交的手段を優先すべきなのは暴力の連鎖を止める必要からだ。各地で頻発するISや影響を受けた個人・集団によるテロへの危機は、欧州内部に育つ過激主義などもあり、もはや「文明間」だけでは解決しえない複雑さをおびている。だが、武力による報復は多くの民間人を巻き込むおそれがあり、攻撃国などへの憎悪を助長しかねない。シリアやイラクでどれほどの民間人が犠牲となったのかは、正確には分からないままだ。

 学校に通えないでいるナビラさんは「戦争に費やすお金を教育に使う考え方が広がってほしい」と、真っすぐな瞳で訴えた。必要なのは「対話」の理念を突きつめ、アナン氏がうたった「テロに対する回答」につなげる努力なのだろう。ナビラさんに教えられた気がする。
    −−「記者の目:ナビラさんと広島を歩いて=高尾具成(阪神支局)」、『毎日新聞』2016年2月17日(水)付。

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記者の目:ナビラさんと広島を歩いて=高尾具成(阪神支局) - 毎日新聞


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