覚え書:「書評:いのちを“つくって”もいいですか? 島薗進 著」、『東京新聞』2016年03月13日(日)付。

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いのちを“つくって”もいいですか? 島薗進 著

2016年3月13日

◆つながりの中の生命倫理
[評者]野家啓一=東北大名誉教授
 スポーツにおけるドーピングに反対する人でも、美容整形まで否定する人はいないだろう。だが、どちらも「エンハンスメント」、つまり人間のさまざまな能力を増進させる医療技術であることに変わりはない。
 山中伸弥博士のノーベル賞受賞で脚光を浴びたiPS細胞による「再生医療」もまた、「人間のいのちをつくる、つくり変える」科学技術という点ではその延長線上にあると言ってよい。
 もちろん「幸福に満ちたいのち」を追求する権利は誰にでもある。そのためにバイオテクノロジーなどの先端医療を利用したいと考えるのも人情であろう。だが、医療は本来「病気を治し、苦しんでいる人を助ける」ことを目的とした仁術である。
 その医療が「治療を超えて」人間改造にまで突き進むことはどこまで許されるのか。これが本書を貫くテーマである。著者の島薗進はわが国を代表する宗教学者内閣府に置かれた生命倫理専門調査会の委員でもある。
 生命倫理は、とりわけいのちの始まりと終わりの場面に深くかかわる。出生前診断、デザイナー・ベビー、脳死・臓器移植などがそれである。著者はこれらの動きが「いのちを選ぶ社会」に向かい、「役に立たないものは生きる権利がない」という新しい優生学につながるのではないかと懸念する。
 その歯止めを、西洋の生命倫理キリスト教を背景にして「個のいのちを尊ぶ」という価値観のなかに求めてきた。それに対して著者は、日本の伝統的な宗教文化のなかに、世代を超えた「つながりのなかのいのち」を尊ぶという倫理観を探り当て、そこに未来のいのちの形を見定めようと試みる。
 本書は月刊誌『きょうの健康』に連載されたこともあって、平明達意の文章で立場の対立する難しい問題を噛(か)んで含めるように説いている。年配の読者のみならず、中学校の「道徳」や高校の「倫理」の時間に副読本として活用されることを望みたい。
 (NHK出版・1404円)
<しまぞの・すすむ> 上智大特任教授。著書『日本人の死生観を読む』など。
◆もう1冊 
 市野川容孝(やすたか)編『生命倫理とは何か』(平凡社)。医療の技術革新が進む中で社会が直面している問題を二十二のキーワードで考える。
    −−「書評:いのちを“つくって”もいいですか? 島薗進 著」、『東京新聞』2016年03月13日(日)付。

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