覚え書:「【書く人】演奏記録から物語編む 『戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦』 作家・編集者 中川右介(ゆうすけ)さん(55)」、『東京新聞』2016年05月15日(日)付。

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【書く人】

演奏記録から物語編む 『戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦』 作家・編集者 中川右介(ゆうすけ)さん(55)

2016年5月15日
 
 ナチス政権の対外宣伝に利用されたフルトベングラー、仕事を得るためナチスに入党したカラヤンユダヤ人迫害で亡命を余儀なくされたワルターファシズムとの対決姿勢を打ち出したトスカニーニ…。登場する音楽家は総勢百人前後に及ぶ。彼らが第二次世界大戦期をどう生き抜いたか、綿密な調査で一つの歴史物語として再構築した。
 「昨年は戦後七十年ということで第二次大戦の本が並んだが、その多くは戦場や政治家を描いた話か、庶民の体験談。それ以外の有名人、例えば音楽家が戦時中どうしていたのか、という本もあっていいと思った」と執筆の動機を語る。
 四人の大指揮者を中心にして、舞台はドイツを、ロシアを、米国を巡る。演奏会はひっきりなしに開かれ、時には捕虜収容所の中でも新しい音楽が生まれた。世界を二分した戦争のさなかにも、人々がどれほど音楽を求め続けたかが伝わる。「誰がどの曲を何月何日に演奏していたかまで特定するように心掛けた。そうすれば、偶然そこに別の音楽家もいたとか、同じ演目が敵国で演奏されていたとか、物語が生まれてくる」
 例えば、ナチスユダヤ人やロシア人の音楽の演奏を禁じたが、連合国側はドイツ音楽を演奏し続けた。そこには「ベートーベンやモーツァルトの音楽をナチスに独占させない」というもう一つの戦いもあったことがうかがえる。
 「好きなものは徹底的に調べる」という性分から、評論の対象はクラシックのみならず、歌舞伎や映画、ポップスなど幅広い。しかし、今回の執筆では論評を避け、ひたすら事実を積み上げることに徹した。
 「平和な世を生きてきた自分が、ヒトラー体制やスターリン体制を生きた人々の是非を論じるのはおこがましい。読んだ人がそれぞれ判断してくれればいい」。その結果、音楽家たちの人生が旋律となって交錯する一つの「交響楽」が編み上がった。
 書き終えて実感したことがあるという。「戦争や独裁政権の下で、人は自分の意思と関係なく動かされていく。一方で、自らの意思によって変えられることもある」。それは決して現代と無関係のテーマではない。「3・11後の日本で芸術家や表現者がどう発言し、行動するべきか。それを考えながら読めるようにもなっています」
 朝日新書・九七二円。 (樋口薫)
    −−「【書く人】演奏記録から物語編む 『戦争交響楽 音楽家たちの第二次世界大戦』 作家・編集者 中川右介(ゆうすけ)さん(55)」、『東京新聞』2016年05月15日(日)付。

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