覚え書:「書評:不平等との闘い 稲葉振一郎 著」、『東京新聞』2016年06月12日(日)付。

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不平等との闘い 稲葉振一郎 著 

2016年6月12日
 
◆古今経済学者のスタンス
[評者]根井雅弘=京都大教授
 トマ・ピケティの『21世紀の資本』(フランス語版)が出たのは三年前だが、その英語版を著名な経済学者たちが絶賛して以後、まもなく日本語版も出版され「ピケティ旋風」と呼んでよいほど、不平等問題への関心が復活したのはまだ記憶に新しい。
 本書もある意味ではピケティ旋風の産物だが、思想史に詳しい著者の関心を反映して、「ルソーからピケティ」に至る主要な経済学者の不平等問題へのアプローチの仕方を根本から捉え直した好著に仕上がっている。
 所有権制度の下での貧富の差に注目したルソーに対して、スミス以降の古典派経済学では、不平等問題は、資本主義という経済体制の下で「資本」を持ち、資本蓄積の主体になっているかどうかという形で定式化された。スミスが不平等問題を認識しながらも、成長を通じて最底辺の人々の生活も改善されると楽観的に考えていたというのも間違いではない。
 それに対してマルクスは、資本主義が未曽有の生産力を生み出したものの、産業予備軍の存在によって労働者が構造的に不利な立場に追いつめられるという意味での高度な不平等を批判した。ところが、新古典派経済学の時代になって、「所得・富の分配がどうあれ、市場が効率的であれば、社会内の資源は効率的に活用され、最大の生産が達成される」と考えられるようになったという。この指摘は大枠では正しいが、新古典派内部でも、ワルラスとマーシャルでは理論構造が異なる面があることが捨象されているようだ。
 ピケティの「不平等ルネサンス」にたどり着くまでには、クズネッツ曲線(所得分配の不平等は経済発展とともに拡大していくが、そのペースはいずれ緩やかになり逆転すること)や人的資本論の流れなどがあり、それらが丁寧にフォローされている。本書を通じて、「不平等を論じたらマルキストかと言われた」(橘木俊詔氏の言葉)という誤解が解けることを望みたい。
 (文春新書 ・ 864円)
<いなば・しんいちろう> 明治学院大教授。著書『経済学という教養』など。
◆もう1冊
 橘木俊詔著『21世紀日本の格差』(岩波書店)。正規・非正規の格差をはじめ、健康格差、老老格差などの実態を示し、対応策を考察。
    −−「書評:不平等との闘い 稲葉振一郎 著」、『東京新聞』2016年06月12日(日)付。

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