覚え書:「ひもとく 2020東京五輪 地域つなぐ文化力へ価値転換を [文]吉見俊哉(社会学・文化研究)」、『朝日新聞』2016年06月05日(日)付。

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ひもとく
2020東京五輪 地域つなぐ文化力へ価値転換を
[文]吉見俊哉社会学・文化研究)  [掲載]2016年06月05日

都庁第1庁舎に掲げられた東京五輪の新たなエンブレム=東京都新宿区

 2020年の東京五輪招致は、本当に正しい未来の選択だったのか? そんな疑問を抱かざるを得ない出来事が続いている。昨夏に白紙撤回された新国立競技場問題やエンブレムのデザイン疑惑。これらが一段落すると、今度は招致時の送金疑惑。他方、東京都では舛添要一知事が政治資金問題で苦境に立つ。「筋が悪い」とはこのことだとの呟(つぶや)きが聞こえる。
 問題の本質はすでにわかっている。吉野次郎は『2020 狂騒の東京オリンピック』(日経BP社・1512円)で、準備組織の責任者がいかに各界の代表の要望すべてに応えようとして事業を肥大化させていったかを描く。彼らは自らの決断を避けて諸会議に責任を丸投げし、会議の数が増えていった。その結果、誰も責任を取らない体制ができ上がる。
 同様にして過去数十年、国体や五輪、ワールドカップの度に全国各地にスタジアムや総合運動場が建設され続けた。それらは長期の都市戦略から切り離され、交通不便な場所で「国民の体力づくり」の施設として膨大な赤字を垂れ流し続ける。

■経済効果続かず
 この点は、1998年開催の長野冬季五輪にも当てはまる。『〈オリンピックの遺産〉の社会学』は、長野五輪が残した「遺産(レガシー)」とは何だったのかを検証する。浮かび上がるのは、五輪の「経済効果」が一時的なことだ。長野県の建設業の倒産件数は五輪前に全国平均を下回ったが、五輪後は平均より高い数値になった。
 五輪が経済を後押しするとの説には「実証的な裏付けはほとんどない」と、『オリンピック経済幻想論』(ブックマン社・1728円)の著者アンドリュー・ジンバリストは指摘する。五輪の「経済効果」と言われるのは、どれも「誇張された非現実的な推測値」にすぎない。五輪を開催したから観光客が増えるわけではなく、大規模施設には長期的に維持費がかかる。

■愉しく未来築く
 では今、何が必要なのか? 2020年に向けて私たちにできるのは、五輪の価値の転換である。「より速く、より高く、より強く」という五輪のモットーは、高度成長まっしぐらの1964年の日本にぴったりだった。しかし、2020年の日本に求められるのは違う。「愉(たの)しく、末永く、しなやか」な未来をいかに築くか、これである。
 それには、すでにあるものを手直しし、つないでいく戦略が不可欠である。大規模な補助金の分配は、国や自治体の財政を悪化させるだけでなく、そうした戦略の実現を困難にする。なぜならば、人々は補助金の獲得に向けて争い始めるからだ。
 『地域再生の失敗学』は、ポストものづくり時代に多様性や越境、施設の自由な使用がいかに重要かを示す。2020年の創造性は、大事業ではなく、異分野や離れた地域の無数のつながりからこそ生まれる。
 そうした実践は、すでに日本各地に生まれている。この流れをリードしてきた北川フラムは『ひらく美術』で、越後妻有(えちごつまり)・大地の芸術祭の成功は、「効率が悪く、汗をかく」ことに秘訣(ひけつ)があったという。作品は、東京23区ほどに広い市や町に分散し、効率的に観(み)て回れない。この不便さが、地域とアーティスト、観客の創造力を育むのだ。
 だからもはや、2020年の五輪は「東京」五輪でなくてもいい。東京文化資源会議編『オリンピック文化プログラム』(勉誠出版・2700円)で太下義之は、そもそもオリンピックは、スポーツと文化・教育が一体の活動だとする。しかも、その文化プログラムは開催国各地で展開される。「体力」から「文化力」へ、東京集中から地域連携へ、ポスト2020に向け五輪価値を転換したい。
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よしみ・しゅんや 57年生まれ。著書『視覚都市の地政学』『「文系学部廃止」の衝撃』など。
    −−「ひもとく 2020東京五輪 地域つなぐ文化力へ価値転換を [文]吉見俊哉社会学・文化研究)」、『朝日新聞』2016年06月05日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016060500001.html








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