覚え書:「書評:戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗 加藤陽子 著」、『東京新聞』2016年10月02日(日)付。

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戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗 加藤陽子 著

2016年10月2日

◆三つの岐路を改めて問う
[評者]筒井清忠帝京大教授
 一般向きの『昭和史』の本は、もう十年以上前から間違いが平気で横行する嘆かわしい状態となっている。そうした中、著者が、中高生を相手に、リットン調査団・日独伊三国同盟・日米交渉という歴史的ポイントについての講義を行い、それをまとめた本書を刊行されたことは意義深いことと言えよう。ここでは、最初のリットン調査団のところだけを見ることにしたい。
 リットンの報告書は、基本的には満州事変(一九三一年)での関東軍の軍事行動を非難したものであるが、事変前の中国側の排日ボイコットにも問題があることを指摘したものだと著者は述べている。紛争を解決するため、日本側の事情を汲(く)み取ったところもある巧みなものだったというわけである。
 こうした多面的認識を説くことは大変好ましく、これからの若い世代はこうした多元性を身につけて国際情勢を見てもらいたいと評者も思う。手前みそになるが、著者の触れていない中ソ戦争(一九二九年)などについては、評者の『満州事変はなぜ起きたのか』(中公選書)を見てもらいたい。
 あえて、疑問点を書けば、国際連盟脱退に関し、当時、日本の識者の間では国際法の立(たち)作太郎東大教授が主張した「頬かむり論」(非難されても制裁規定がないのでそのまま連盟にいて時期を待てばいいという主張)が有力であったのに、なぜ松岡全権はそうしなかったのかという問題や、日本軍の熱河省における軍事行動が脱退の重要な要素なのに本書には出てこないということがある。中高生にさらに知らせたいところではないだろうか。
 八月末のニューヨーク・タイムズに、アメリカの主要大学における「アメリカ政治史」のポストの極少化と研究・教育の凋落(ちょうらく)というショッキングな記事が出た。よい政治史を教えられない国民は過去に学ばない国民になる。トランプ現象の背後にある一つはこれだろう。日本はどうか。著者や私たちの使命はいっそう大きいといえよう。
 (朝日出版社・1836円)
 <かとう・ようこ> 1960年生まれ。東大教授。著書『戦争の日本近現代史』など。
◆もう1冊 
 半藤一利著『「昭和天皇実録」にみる開戦と終戦』(岩波ブックレット)。公開された「昭和天皇実録」から天皇の決断を読み解く。
    −−「書評:戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗 加藤陽子 著」、『東京新聞』2016年10月02日(日)付。

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