覚え書:「【書く人】価値観は不動じゃない『罪の終わり』 作家・東山彰良(あきら)さん(48)」、『東京新聞』2016年10月16日(日)付。

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【書く人】

価値観は不動じゃない『罪の終わり』 作家・東山彰良(あきら)さん(48)

2016年10月16日
 
 のっけから出てくるのは「人肉食」だ。食人が出てくる小説といえば『ひかりごけ』や『野火』を思い浮かべるが、これは戦時中の話ではない。舞台は近未来。小惑星が衝突して寒冷化した地球で、飢餓に陥った人々は同胞の肉に手を出す。読み始めは面食らうが、だんだん「あり得るかも」と登場人物を身近に感じ始めるところがミソだ。
 「人肉食を扱ったのは、単純にわかりやすいから。我々が生きている平和な世界では最大のタブーでしょう。でも、それが禁忌ではなくなる時代が来るかもしれない。人を食べても神様に愛されたいと思ったら、人間はどうするか。価値観が転換していく様や、相対化を描きたかった」
 自身のルーツである台湾が舞台の青春小説『流』が昨夏、直木賞に選ばれた。今作は受賞後第一作だが、描かれる世界はまったく違う。一見、深遠な言葉がちりばめられた哲学的な小説のようで、読み始めれば「東山節」とでもいうユーモアや筋立ての面白さに満ちた娯楽作品になっている。
 物語では、一人の青年が母を殺し、やがて「黒騎士(ブラックライダー)」と呼ばれ、ついに「救世主」とあがめられる。そんな謎めいた青年の実像を、語り手が旅をしながら追っていく−というノンフィクション形式の語り口にした。
 内容とは裏腹に、「SFを書こうと思ったことはない。テーマを実現させようとしたら必然的に近未来になっただけ」と語る。それが「アイデンティティーや価値観は絶対不動のものじゃない」という思いだ。
 「僕自身の話でいえば、台湾で生まれて日本で育ち、中国にも短いあいだ留学していた。僕はどこかに所属している意識がとても薄い。でも、ある場所で、ある権力から『おまえはこうあるべきだ』という価値観を押しつけられるとしたら、抵抗を感じます」
 読後は何本もの映画を観(み)たような充実感を覚える。最初は十五歳の少年が主人公の青春物語だと思っていたら、終末世界を描くSF超大作になり、犯罪者追跡のサスペンスになり、はては犬が相棒のロードムービーに…。最後は、主人公と犬との、涙なしには読めないシーンが待っている。
 実は、本書は二〇一三年に出したSF長編『ブラックライダー』の前日譚となっている。こちらもあわせてぜひ。新潮社・一六二〇円。 (出田阿生)
    −−「【書く人】価値観は不動じゃない『罪の終わり』 作家・東山彰良(あきら)さん(48)」、『東京新聞』2016年10月16日(日)付。

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