覚え書:「文化の扉 香道、心で聞く 日常から離れ、感性を楽しむ」、『朝日新聞』2016年07月31日(月)付。

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文化の扉 香道、心で聞く 日常から離れ、感性を楽しむ
2016年7月31日


香道、心で聞く<グラフィック・竹田明日香>
写真・図版
 「香道」は、香りを楽しむという日常的な行為にとどまらず、心を清め、己を鍛える芸道として、日本独自に発展してきた。癒やしを求める若い女性を中心に人気が続いているという。どんな世界なのか。

 香道では、香りをかぐことを「聞く」と言う。香りを感じることで、精神が清らかになり、心の状態や体調が分かるからだという。

 志野(しの)流香道松隠(しょういん)会(名古屋市)の理事で同朋(どうほう)大の太田清史学長に同席してもらい、組香(くみこう)を体験した。組香は、香りを聞き分ける自分なりの鑑定方法を見つける技量を鍛える場。香を焚(た)く主人「香元(こうもと)」、記録係「執筆」、「連衆(れんじゅう)」と呼ばれる客8人の計10人が基本的な参加者だ。

 3種類の香木(こうぼく)を松、竹、梅に分けて順不同に焚き、聞き当てる「松竹梅香」に挑戦した。聞香炉(もんこうろ)と呼ばれる道具に灰を盛り、その頂上に香木をのせ、熱することで出る香りを聞く。松はあめ玉のような甘さで、竹は辛く冷たい。梅は甘っぽく松と似ているが、聞くたびに甘さが弱まった。

 答えは和紙に筆で書く。答え合わせは10点、0点のように数字は使わない。三つ正解なら「叶(かなう)」か「善(ぜん)」、一つは「一」。結果は幸運にも「叶」だった。

 太田さんは言う。「勝ち負けを競うゲームではない。日常から離れ、みやびに、心静かに、楽しんでほしい」

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 お香は6世紀、仏教とともに伝わったとされる。平安時代に貴族の間で広まり、源氏物語枕草子にも描かれた。明(中国)との貿易が盛んになった室町時代には香木が安定的にもたらされ、京都・銀閣を中心に足利義政らが重んじた。

 NHK大河ドラマ篤姫」で描かれたように江戸時代には大奥でも流行した。明治以降は茶道や華道とともに女学校で教えられた。

 権威の象徴でもあった。奈良・東大寺正倉院に伝わる「蘭奢待(らんじゃたい)」という香木は、義政や織田信長明治天皇のために切り取った跡が残るという。

 キリスト教イスラム教でもお香はあるが、用途は体臭よけというのが主流だ。日本で文化として発展したのは、四季をはじめ自然の情景に思いを巡らせるからだという。

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 代表的な組香の一つが「源氏香(げんじこう)」だ。5種類25包みから五つ選んで香りを聞き、何番目と何番目が同じ香りなのか、聞き当てる。その組み合わせは52通り。源氏物語は54帖(じょう)あるが、最初の「桐壺(きりつぼ)」と最後の「夢浮橋(ゆめのうきはし)」を除いた52帖の巻名で答える。

 組香を本格的に始めたい人は道具をそろえ、香炉に灰を整える「灰ごしらえ」の稽古が基本だ。繰り返すうち心が落ち着くという。もちろん自宅でもスティック状の線香や匂い袋など使えば、気軽に香りを楽しむことから始められる。

 「自分の感性で聞き続けると、副産物のように和歌や文化の知識も増える。自然の中で偶発的にできた香木は、いったん焚いてしまえば、二度と同じ香りを聞けない。自然への畏敬(いけい)の念を大切にしてほしい」と太田さんは話す。

 (岡田匠)

 ■香木と対話、奥深い世界 俳人黛まどかさん

 12年前に初めて香道を体験しました。組香の一つに三景香があり、厳島天橋立、松島に舟を加えた4種を聞き当てます。香りを聞きながら舟に乗り海辺の三景を思い浮かべます。香りを通して古典文学の世界に遊び、四季の移ろいを感じ、魅せられました。

 最初は香りを「聞く」という表現が不思議でした。聞くとは、耳を澄ますこと。香りのかすかな違いを聞き分けるには集中し、心を澄まし、香木と対話します。まさに一期一会です。終わった後もほのかな移り香の中に一日を振り返り、充実感を得られます。

 7年前、志野流の若宗匠と新しい組香・俳句香を作り、パリで披露しました。梅雨だったので3種の香木は梅雨、虎が雨、緑雨としました。

 香りと日本語の持つ繊細さが一つになり、さらに奥深い世界を作ります。香道は日本独特の型を持ち、深く広がりのある文化です。

 <訪ねる> 香道を始めるには、自治体や新聞社が開いているカルチャーセンターなどが比較的参加しやすい。松栄堂京都本店(京都市中京区)などお香の専門店や、志野流香道松隠会(名古屋市西区)など香道の主な流派でも初心者向け体験会を開いている。

 <読む> 太田清史さんの『香と茶の湯』や、松栄堂の12代目・畑正高社長の『香三才』(東京書籍)は、歴史や仕組みをわかりやすく解説する。松栄堂が監修する『日本の香り』(平凡社)は、写真やイラストを使って紹介しており、わかりやすい。

 ◆「文化の扉」は来週休みます。次回は8月14日で「怪談」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉 香道、心で聞く 日常から離れ、感性を楽しむ」、『朝日新聞』2016年07月31日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12488602.html


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