覚え書:「書評:犯罪小説集 吉田修一 著」、『朝日新聞』2016年11月06日(日)付。

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犯罪小説集 吉田修一 著
 
2016年11月6日
 
◆神の目で因縁を凝視
[評者]池上冬樹=文芸評論家
 帯に「人はなぜ、罪を犯すのか?」とあり、題名からミステリーを想像しがちだが、収録五篇の味わいは異なる。
 冒頭の少女失踪事件を巡る「青田Y字路」も、それに続く主婦が殺人事件に魅(み)せられる「曼珠姫午睡(まんじゅひめのごすい)」、御曹司のギャンブル中毒「百家楽餓鬼(ばからがき)」、限界集落での老人の孤絶「万屋よろずや)善次郎」、元プロ野球選手の転落「白球白蛇伝」もそうだが、動機探しではなく、何が起きて如何(いか)なる波紋を及ぼしたかに主眼がある。
 その視点と漢字だらけの題名から野坂昭如の小説を思い出す人もいるだろう。事実、神の視点から事件の経過や関係者を葛藤を捉えて因縁が深まるところなど興味深い。あるいは、様々に点描される残酷で儚(はかな)い人の世の怖(おそ)れを静かに凝視する作品集ということで、三浦哲郎の掌篇集『モザイク』を想起させる面もある。
 もちろん本書は掌篇集ではなくて中篇集である。ただ心象風景をきりとった掌篇で構成されている趣があり、ひたすら風景と内面の均衡を見つめ、「白球白蛇伝」では白蛇、「曼珠姫午睡」では曼珠沙華(まんじゅしゃげ)がそれぞれ生と死を司(つかさど)るものの象徴として機能するあたり純文学的である。
 吉田修一というと、犯罪を描いた『悪人』『怒り』などの成功からエンターテインメントよりの作家に見られがちだが、本質的にはやはり純文学作家であることを改めて示す傑作作品集といえる。
 (KADOKAWA・1620円)
 <よしだ・しゅういち> 1968年生まれ。作家。著書『横道世之介』『路(ルウ)』など。
◆もう1冊
 吉田修一著『パーク・ライフ』(文春文庫)。日比谷公園を舞台に男と女の微妙な関係を描いた、芥川賞受賞作。
    −−「書評:犯罪小説集 吉田修一 著」、『朝日新聞』2016年11月06日(日)付。

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