覚え書:「書評:英語の帝国 平田雅博 著」、『東京新聞』2016年11月13日(日)付。

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英語の帝国 平田雅博 著  

2016年11月13日


◆言葉で支配を広げた歴史
[評者]守中高明=早稲田大教授
 現在の日本における外国語教育が、英語の運用能力こそは人間の社会的地位や経済力を左右するという「信仰」に基づく極端な「英語熱」に煽(あお)られていることは論を俟(ま)たない。だが、この現象は今日突然現れたものではない。英語がその世界的覇権を握るに至った千五百年の経緯を、厖大(ぼうだい)な史料を通して検証したのが本書である。
 「英語の帝国」は、中世イングランドによるブリテン諸島スコットランドウェールズアイルランド)の侵略に始まる。近代には「ブリテン帝国」=大英帝国が北米、カリブ海、およびアメリカ独立後にはインド、アフリカへと領土を広げ、さらに十九世紀以後は「非公式帝国」としてラテンアメリカ、中東、そして日本を含む極東にまでその支配圏を拡大していった。
 各地域・各時代の言語政策についての分析はどれも興味深いが、とりわけ示唆に富むのは、インドとアフリカの例である。ガンジーは英語が「文化的簒奪者(さんだつしゃ)」であり社会階層の分断を招くため「国民語」にはなり得ないと考えたが、それに反して子供の将来を案ずる親たちは英語教育に熱心であった。ここには、英語帝国主義が「上からの強制」だけでなく「下から迎合」して「文化的自殺」を遂げる者がいて完成するという残酷な原理がある。
 他方『アフリカ教育報告書』(一九五三年)は「ルネサンス期のヨーロッパ人がギリシャ語とギリシャ思想を知るためにラテン語を必要とした」のと同じ意味で「アフリカ人は英語を必要とする」と決めつけ、このヨーロッパ中心主義の暴力によって、共通語たるスワヒリ語も多数の現地語も「近代的な、抽象的な思考」を表現できないと見なされ、追放されることになった。
 アメリカ主導の「新自由主義」的グローバル資本主義の時代に、そのシステムに最もよく適合する人的資源たらんとして「英語熱」に浮かされること。それは「自己植民地化」にほかならない。「英語の帝国」史の警告である。
講談社選書メチエ・1836円)
 <ひらた・まさひろ> 青山学院大教授。著書『イギリス帝国と世界システム』など。
◆もう1冊 
 水村美苗著『日本語が亡びるとき』(ちくま文庫)。英語(=普遍語)の存在が大きくなるグローバル社会で日本語がどうなるかを考察。
    −−「書評:英語の帝国 平田雅博 著」、『東京新聞』2016年11月13日(日)付。

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