覚え書:「科学の扉 水害予測、どう生かす 都市の浸水、リアルに「再現」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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科学の扉 水害予測、どう生かす 都市の浸水、リアルに「再現」
2016年9月4日


水害予測、どう生かす<グラフィック・甲斐規裕>
 台風10号は水害の脅威を改めてみせつけた。1年前の関東・東北豪雨では切迫感が十分伝わらず、多くの人が取り残された。今後、豪雨は増えると見込まれている。リアルな予測や伝え方の工夫など被害を減らすための模索も続いている。

 巨大台風による大規模な洪水や局地的に被害をもたらす「ゲリラ豪雨」。気候変動により、激しい雨は増えると見込まれている。

 「インフラ整備が進んだ都市でも、今まで降ったことがないような豪雨には対応できない」。早稲田大の関根正人教授らは、東京都心部に降った雨がどう流れ、どこが浸水するのかを丸ごとシミュレーションする研究を進めている。どこがどの順番で浸水していくかを予測し、早めの通行止めや地下街などへの止水板設置、避難などの対策に生かす目的だ。

 都市に降った雨水は、屋根や道路から短時間のうちに下水道や河川へと流れる。容量を超えれば排水が追いつかず逆流する。こうした過程を一つひとつ再現する。

 信頼性を高めるため、現実に即した計算にこだわった。道路、下水道、河川などの大きさや位置関係、ポンプや貯留施設の能力、土地利用などの情報がすべて入れてあり、雨のデータを重ねると浸水の広がりが表示される。過去の豪雨で検証すると、マンホールからの噴き出しや立体交差の冠水が起きた場所の状況がほぼ一致した。

 計算速度の向上が課題だが、事前の想定にも生かせる。荒川の堤防決壊をシミュレーションすると、決壊地点からの浸水の広がりとは別に、小さな河川から回り込んだ流れが先回りして到達する地域があることが分かる。水は上流から来るとは限らない。様々なケースを計算すれば、どこがリスクの高い場所かも見えてくる。

 「確度が高いリアルな情報を自信を持って示すことで、命を守る行動に生かしてもらえるようになれば。2020年には運用できるようにしたい」

 ■ゲリラ豪雨対策も

 こうした浸水予測のもとになる降水量の情報は、観測網の整備によって精度が高まってきた。

 10年運用開始の国土交通省のレーダー観測網「XRAIN(エックスレイン)」は250メートル四方ごとの雨量を1分ごとに配信している。7月以降は改良した従来型レーダーを組み合わせ、全国のかなりの範囲をカバーできるようにした。気象庁が14年に始めた「高解像度降水ナウキャスト」はXRAINのデータも使い、30分後までは250メートル四方、1時間後まで1キロ四方の降水予測を提供している。

 細かな情報が特に生きるのが、ゲリラ豪雨だ。過去には急な増水で川遊びや下水道工事の人が亡くなっている。ただ、豪雨をもたらす積乱雲の寿命は30分から1時間程度。現状では雲の発生段階をとらえるのは難しい。雲が移動していく方向は示せても、精度は時間がたつほど悪くなる。

 より早く正確に予測できれば、逃げる時間をかせげる。上空の水蒸気やちりの観測、雲の立体構造を素早くつかむレーダーなどによる観測と計算を組み合わせ、雲ができ成長していく過程を再現する研究プロジェクトも進む。

 ただ、精度を追求するほど計算時間がかかる。どんなに精度が高まっても予測に幅はつきものだ。防災科学技術研究所の三隅良平・水・土砂防災研究部門長は「防災の現場で予測情報をどう扱っていけばいいのかも含め、考えていかなければならない」と話す。

 水位や浸水の予測にしても、激しい流れによる地形の変化まで再現するのは難しい。堤防が決壊する場所の特定も困難だ。

 ■住民目線の伝え方

 詳細な予測を待つまでもなく、被害を減らすために取り組めることは多い。警戒が呼びかけられていた台風10号でも、避難の遅れが被害につながった。浸水の想定が未整備の川も多い。

 関東・東北豪雨では茨城県常総市で鬼怒川が決壊、付近の建物は倒壊し、浸水は時間とともに広がって長期に及んだ。4千人以上が救助され、情報伝達のあり方が問われたほか、浸水想定を示したハザードマップの内容や意味、水位上昇の切迫感が十分伝わっていなかったことなどが課題になった。

 どこから氾濫(はんらん)するかで被害は変わる。鬼怒川のように大きな流域の上流の豪雨で下流が決壊する場合もあれば、台風10号のように山間部の小さな河川が急に増水する場合もある。雨量や観測所の水位、想定される深さの情報だけ示されても、どの段階になればどんな危険が生じるかつかみにくい。

 国の中央防災会議の作業部会は3月、住民がイメージしやすい工夫や状況に応じた避難行動の周知などを提言した。国土交通省は水害ハザードマップの手引きを改定。事前の地域の取り組みなど利用場面を想定した「住民目線」での作成を自治体に求めた。

 東京大総合防災情報研究センターの田中淳センター長は「個別の知識や情報だけではなく、災害がどう進み、どのような被害に至るのか、そのなかでどういう状況でどう行動するかの全体像をイメージできるような伝え方が必要だ」と話す。

 (編集委員・佐々木英輔)

 <危険の見える化を研究> 国土技術政策総合研究所は「洪水危険度見える化プロジェクト」を始めた。観測所以外の水位も計算、堤防や地盤の高さとともに示す手法などを研究する。川崎将生・水循環研究室長は「様々な分野の専門家の意見も聞き、伝え方を考えたい」と話す。

 <決壊想定や水位、ネットに> 国交省は5月から、最大規模の浸水想定や早めの避難が必要な「家屋倒壊等氾濫想定区域」の公表を始めた。「浸水ナビ」では決壊する場所ごとの影響を調べられる。水位状況がわかる「川の防災情報」は3月からスマートフォン版も始まった。

 ◇「科学の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「IgE発見50年」の予定です。ご意見、ご要望はkagaku@asahi.comメールするへ。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12542640.html





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