日記:権力が万能であることを認めながら、同時に民主主義を認めることはできません。

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 ちょうど今まで、自民党政府、岸政府によって、個別的、断片的になされてきた民主主義と憲法の蹂躙のあらゆる形が、あの夜に、集中的に発現された。それによって、一方の極に赤裸の力が凝集したと同時に、他方においては、戦後十数年、時期ごとに、また問題別に、民主主義運動のなかに散在していた理念と理想は、ここにまた、一挙に凝集して、われわれの手に握られたわけであります。もし私たちが、十九日から二十日にかけての夜の事態を認めるならば、それは、権力がもし欲すれば何事でも強行できること、つまり万能であることを認めることになります。権力が万能であることを認めながら、同時に民主主義を認めることはできません。一方を否認することは他方を肯定すること、他方を肯定することは一方を否認することです。これが私たちの前に立たされている選択です。(「選択のとき」、集8−350)。

 これは、五月二十四日に開かれた、「岸内閣総辞職要求・新安保採択不承認学者文化人集会」で、東京神田、教育会館に集まった聴衆二千五百名を前にして、丸山が行った講演の結びである。「あの夜」とは、その五日前、五月十九日から翌日にかけて、岸内閣が警察隊を衆議院へ導入し、反対派である社会党の議員を追いだした飢えで、新安保条約承認の強行採決にふみきったことを指す。すでに、新条約に反対する学生・労働者が二万人、国会議事堂をとりまく中での強引な措置である。抗議のデモはさらにふくれあがり、各新聞の社説は、岸による議会政治、民主主義の蹂躙を声をそろえて批判していた。
 だが、世の熱気にまきこまれたところはあったにしても、丸山の言説にただよう緊張感は、なみたいていのものではない。戦後日本の「自民党政府」が抱えている矛盾と危険性が、「あの夜」の一点に集中して現れたと切りだし、「権力」のそうした行動を認めるか、それとも批判するのか、読む者に決断を迫ってゆく。「民主主義」の理想を否定しないのなら、今すぐデモに行かなくてはいけない、と言わんばかりの気魄である。この丸山の講演のせいだけではないだろうが、集会はそのまま国会へのデモに移り、丸山を含む五十名の代表が、首相の面会を要求して官邸へ向かい、応接室で五時間もねばり続けたという。
    −−苅部直丸山眞男 リベラリストの肖像』岩波新書、2006年、6−8頁。

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