覚え書:「文化の扉 歴史編 異説ありルイ14世 「絶対王政」はイメージ先行?」、『朝日新聞』2016年10月02日(日)付。

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文化の扉 歴史編 異説ありルイ14世 「絶対王政」はイメージ先行?
2016年10月2日
 
異説ありルイ14世<グラフィック・高山裕也>
 70年以上にわたってフランスの王位にあって、いわゆる「絶対王政」の絶頂期を体現し、ベルサイユ宮などを残した太陽王ルイ14世。しかし、旧勢力や慣習法などによって、その権力は大きく制限を受けていた。

 ルイ14世は1638年、フランスのサンジェルマンアンレー城でルイ13世とスペイン王女アンヌ・ドートリッシュの間に生まれた。

 13世の死去に伴い、43年に4歳で即位。22歳の時に宰相のマザラン枢機卿が死去すると、自ら政治に携わる「親政」を宣言した。76歳で死去するまでにオランダ戦争アウクスブルク同盟戦争、スペイン継承戦争などを行って領土を拡大。権力を思うままに振るい、フランスの「絶対主義」「絶対王政」を確立したとされてきた。

 しかし、このような見方は、近年の研究で修正を迫られている。

 「絶対主義」という用語は19世紀に使われ始めたが、元々は私たちが現在考えるような「飛び抜けて強力な王権」ではなく、単に「国王専制」を指す言葉だった。

 実際、14世の権力は、王位継承を定めた王国基本法などによってかなりの制限を受けていた。

 成城大学の林田伸一教授(フランス近世史)によると、官僚組織を担う役人たちの多くがそのポストを金で買って就任していたため、国王による自由な任免は困難。最高司法機関である高等法院は、時に国王が発した王令について審理のやり直しを図った。

 「朕(ちん)は国家なり」という有名な言葉が発せられたのは、55年に起きた、この高等法院との対立時と伝えられるが、これも現在では後世の創作と考えられている。

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 駒沢大学佐々木真教授(フランス近世史)は、権力が制限された理由を「住民登録がなかったように、当時の王権は臣民を直接支配することができず、そのため、既存の地方のエリートなどを媒介とした間接的支配を行わざるを得なかった」と説明する。

 それなのに、なぜ私たちは14世の王権が強力だったとのイメージを抱くのか。佐々木教授によると、これらは14世が行ったプロパガンダ政策のたまものだという。

 その代表格が13世が建築した狩猟用の館を大改修したベルサイユ宮だ。各部屋には王の栄光を示す装飾が施され、古代の英雄の事績を紹介することでそれを14世の事績と重ねさせたり、戦争の間から平和の間へ至る建物の構成などから、「オランダ戦争に勝利し、ヨーロッパに平和をもたらしたルイ14世」のイメージを強調したりしている。

 人々の目にふれやすい「メディア」にも力を入れた。象徴的なのが、絵入りカレンダーの一種「アルマナ」である。教師や職人たちが購入していたこのカレンダーでは、戦争での勝利や和平の到来など、全体の9割で国王の事績に関するものが取り上げられている。

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 治世の出来事を記念のメダルとして製作させることも行った。「ルイ14世はイメージの重要性をよく理解していた」と佐々木教授は指摘する。

 国王の力を物語ると言われるベルサイユ宮での大規模で豪華な宴会も、むしろ権威や権力をアピールする意味合いを持っていた。

 しかし、これらの一方で、相次ぐ戦争の出費が財政を圧迫していたのも事実だ。跡を継いだルイ15世も同様に対外戦争を繰り返したため、ルイ16世が即位した時には財政破綻(はたん)をきたし、フランス革命を誘発する一因となった。

 努力して「強力な王権」というイメージを打ち立てたにもかかわらず、そのプロセスで王政崩壊への道筋がつけられていたとすれば、皮肉としか言いようがない。

 林田教授は「14世の親政期は13世の頃と異なり、ハプスブルク家の脅威はもう去っていた。この時、内政に目を向け、免税特権を廃止するなどの改革に着手していたら、その後のフランス史は変わっていたはずだ」と話している。

 (編集委員・宮代栄一)

 ■鉄仮面の正体は

 ルイ14世に関しては多くの興味深い「伝説」が残されている。その一つが鉄仮面だ。バスチーユ監獄に収監されていた鉄の仮面をつけた人物が、ルイ14世にそっくりの双子の兄弟だったという話で、A・デュマの『ブラジュロンヌ子爵』(『三銃士』の続編)などでも描かれて有名になった。

 イブマリー・ベルセ著『真実のルイ14世』(昭和堂)によると、この説は18世紀には流布しており、14世の王位の正当性を疑問視しようとする意図が背景にあったようだ。だが現在では、当時、英国との秘密交渉に従事していたウスタシュ・ダンジェという人物で、秘密保持のために監禁されていたのだという説も示されていて、ベルセは著書でそれを紹介している。

 <読む> 林田伸一『ルイ14世リシュリュー』(山川出版社)は絶対王政を作ったリシュリュー枢機卿ルイ14世の治世を概観した一冊。

 佐々木真ルイ14世期の戦争と芸術 生みだされる王権のイメージ』(作品社)は、太陽王と呼ばれたルイ14世プロパガンダ政策を論じる。

 <見る> A・デュマの『三銃士』をTVドラマ化した「マスケティアーズ」(2014年〜、BBC)は、14世の父親のルイ13世の治世が舞台。シーズン2で、14世は生まれたばかりの赤ん坊として登場する。日本での放映はいったん終了したが、Huluなどで視聴可能。

 ◇「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「デビッド・ボウイ」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
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