覚え書:「ヒトラーの裁判官フライスラー [著]ヘルムート・オルトナー [評者]市田隆(本社編集委員)」、『朝日新聞』2017年05月21日(日)付。

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ヒトラーの裁判官フライスラー [著]ヘルムート・オルトナー
[評者]市田隆(本社編集委員)
[掲載]2017年05月21日
 
■政権に忠実な官吏の無責任体質

 ナチス・ドイツの独裁下で国家反逆行為などを裁く人民法廷の長官を務めたローラント・フライスラー。ナチスに抵抗した学生グループ「白バラ」やヒトラー暗殺未遂事件の被告らに死刑判決を下した裁判官だ。
 ドイツ人ジャーナリストの著者は、フライスラーの評伝として、ナチスの恐怖政治と完全に一体化した法律家の狂信的な行動を描くだけにとどまらない。多くの裁判官が、人道的な刑法を廃絶して国家の権利を第一とするナチスの法支配に「嬉々(きき)として」従った経緯を克明にたどり、敗戦後に何の反省もない彼らの態度を徹底的に批判する。
 1934年創設の人民法廷による死刑判決は5243件。本書では、第2次大戦中の43、44年にフライスラーが関わった判決文10件を代表例として紹介している。一般市民が職場の同僚らに何げなくもらした体制への不平不満が「死に値する大罪」と見なされた。判決文は不条理劇の脚本のようだが、悪夢のような世界は現実にあった出来事だ。
 しかし、著者は、これがフライスラーの「悪魔的性格」によるものではなく、「ナチスの法解釈をとりわけ几帳面(きちょうめん)に実践したひとりの執行人に過ぎなかった」ことを指摘する。フライスラーは45年2月のベルリン空襲で死亡したが、人民法廷に関わった他の法律家たちは戦後どうなったか。多くの者がナチス政権下の法に従っただけとして処罰を免れ、復職まで許された。
 法律家たちはナチスに協力した自分を時代の犠牲者とみなし、後悔の念もないという。どの国、どの時代にも現れそうな無責任体質の人々で、ナチス時代が現代と地続きなのではないかと思わせる。
 「今さらナチスの過去について書く意味があるのか?」。著者が執筆中に何度も尋ねられたという言葉だが、自己正当化のあまり「歴史健忘症」に陥りがちな我が国の傾向にあらがうため、本書を読む意味があることは間違いない。
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 Helmut Ortner 50年生まれ。ジャーナリスト、編集者。ヒトラー暗殺未遂犯の評伝なども手がける。
    −−「ヒトラーの裁判官フライスラー [著]ヘルムート・オルトナー [評者]市田隆(本社編集委員)」、『朝日新聞』2017年05月21日(日)付。

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