覚え書:「安保考 第1部・同盟とは:下 同盟、どう向き合うか 丹羽宇一郎さん、藤原帰一さん」、『朝日新聞』2017年09月07日(木)付。


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安保考 第1部・同盟とは:下 同盟、どう向き合うか 丹羽宇一郎さん、藤原帰一さん
2017年9月7日

 日米同盟によって戦争を未然に防げているのか、それとも同盟がゆえに日本は危険にさらされているのか――。北朝鮮情勢が緊迫するなかで、多くの人たちが考えあぐねている命題だろう。同盟を組む意味はどこにあるのか、そしていまどう向き合えばよいのだろうか。

 ■戦争近づける影も直視して 丹羽宇一郎さん(元中国大使)

 冷戦は終わりましたが、その後の米国による覇権も終わりました。一方、中国は世界第2位の経済大国となり、軍事費はこの間、40倍近くになった。世界情勢が変化しているのに、日本はこれまで通り日米同盟強化の一辺倒です。

 沖縄の米軍基地はなぜあるのか。米国を守る盾になるためです。しかし米国のために日本があるわけではない。なぜ日本のために日米同盟が必要なのか考えるべきです。それもなく法律を変え、専守防衛を超え、トコトコついていくだけではいけないと言いたい。

 同盟には光もあれば影もある。同盟の光ばかりを享受できると思い込み、日本は自国の安全保障に思考停止状態になっている。同盟の影、つまり自らも戦争に近づいてしまう部分を考えていない。

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 北朝鮮が核実験をしました。しかし金正恩(キムジョンウン)氏に核を放棄しろと言っても、絶対に放棄しないでしょう。生き残る唯一の道が核だと思っているからです。米韓は軍事演習をやったり、貿易を止めたりして、どうするつもりなのか。圧力だけをかけても、出口はない。出口なき戦略の先にあるのは戦争です。

 最近、北朝鮮や中国への強硬論がまかり通っています。危ないことを格好いいことだと思っている。戦争の真実を知るべきです。

 戦時中、空襲に遭いました。防空壕(ごう)の入り口に焼夷(しょうい)弾が落ち、母が死ぬ思いで火を消した。いま戦争を知らない人が多すぎると思い、体験者を取材し、本にしました。

 戦争の真実とは何か。それは、「狂う」ということです。普通、人は人を殺せません。だから狂うしかない。また、実際には飢えと病気で死んだ人も大勢いました。

 安全保障とは、防衛力を向上させることだと思っている人が多いですが、それは違います。軍事力は安全保障の手段の一つにすぎない。軍事力より外交力、それを実現する国際政治こそが大事です。

 東シナ海の安全保障を議論するなら、中国とどう敵対せず、友好関係を築き、味方に引き入れるかが重要で、国際政治の出番です。

 過去に米国はぎりぎりのところでソ連との戦争を回避しました。それこそ政治家の役割です。

 1962年のキューバ危機。米国のケネディ大統領とソ連フルシチョフ首相は水面下で何度も交渉し、米国がキューバに侵攻せず、ソ連キューバからのミサイル撤去で合意。米国はトルコからのミサイル撤去も秘密裏に約束した。核搭載爆撃機の離陸直前でした。ケネディ氏の指導力で軍事専門家の強硬論を抑えることができたと研究者は分析しています。

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 中国大使として、習近平(シーチンピン)氏と十数回は会いました。そのたびに「両国は、住所変更できない間柄ですね」と言われました。隣国同士、仲良くするしかない、という含意です。日本の生き残りには中国の14億人の市場が重要です。経済格差や環境汚染など日本がかつて経験した問題に直面する中国には日本の知恵が必要です。

 安倍晋三首相と会談する時、習氏はにこりともしないとメディアは騒ぎます。こっちもしかめっつらしているからでしょう。相手は、自らを映す鏡です。

 尖閣諸島については、帰属の議論を2年間凍結してはどうか。その間に、漁業協定と資源開発を一緒にやったらいい。お互いが損をしない、政治の力で前向きな解決方法を考えてほしい。

 北朝鮮問題の解決については、すべての核保有国が2年間、核開発と使用を一切凍結する。その間に、唯一の被爆国日本が仲介し、米朝、米中で話し合う。これが唯一の道だと私は考えます。

 同盟の意味、特に影の部分が何なのかを考え、戦争には絶対に近づかないようにする。軍事力だけでなく、むしろ国際政治の力で戦争を避ける。それこそが安全保障です。政治家には、冷静で、したたかな交渉を期待したい。

 (聞き手・三輪さち子)

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 にわういちろう 39年生まれ。伊藤忠商事社長を経て、2010〜12年に中国大使。尖閣沖の漁船衝突事件や尖閣諸島の国有化問題に対応した。近著に「戦争の大問題」。

 ■衝突回避、日本は主体性持て 藤原帰一さん(東京大学教授)

 同盟とは、ある国の攻撃に対して共同で対抗するという政策です。その目的は攻撃が行われた場合に戦争に勝つこと、さらに相手の攻撃を思いとどまらせることです。後者が抑止ですね。

 米ソ冷戦の時代に、ソ連は西ドイツや日本を攻撃しませんでした。その理由が米国との同盟だと断定はできませんが、抑止が働いた可能性は無視できません。

 ただ、同盟は戦争を防ぐこともある一方で、戦争を誘発し、激化させることもある。端的な例が第1次大戦です。オーストリアセルビアの戦争が、ロシアやドイツなどを巻き込んでエスカレートした理由の一つは同盟でした。

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 冷戦時代、日米同盟によって日本が戦争に巻き込まれる、という批判が繰り返されました。冷戦後は、米国が日本を守らず、見放すのではないか、という心配が、日本政府関係者の間で高まりました。どちらの懸念も一面に過ぎません。私は、同盟が必ず戦争を招くとは考えませんし、日米同盟を堅持すれば必ず日本の安全がもたらされるとも思いません。大事なのは不要な戦争を回避するために日本が同盟にどう関わるのか、その主体的な選択だからです。

 北朝鮮のミサイル実験と核実験を前にトランプ大統領が過激な発言を続けるなか、日米同盟によって日本の安全を保つことができるのかと疑う声があります。しかし私は、日米同盟の解消は、それ自体が国際的不安定を招くと考えます。米国から離れたなら、戦時に日本が動員できる軍事力は減る。日本が同盟を解消し、在日米軍を撤退させれば、近隣諸国では日本の軍国主義を抑えていたビンのフタがはずれるという懸念も生まれるでしょう。米軍の撤退や自主防衛が解決になるとは思えません。

 しかし、同盟を堅持し、強化すれば安全が実現できる保証はない。北朝鮮のように、軍事的に威迫しても行動を変えようとしない国家を相手にするとき、逆説的ですが、外交の必要性はかえって高まります。軍事力によって牽制(けんせい)しながら、こちらから紛争を拡大しない慎重な選択が求められます。

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 私の心配は、トランプ政権が北朝鮮への軍事介入を行う可能性です。この攻撃は、米中・米ロ関係を緊張させるだけでなく、ソウル攻撃を恐れる韓国と米国の関係を回復不可能なところまで壊し、地域の不安定をさらに高めることになるでしょう。北朝鮮への軍事的牽制は必要ですが、直接介入はあってはならない。北朝鮮が粗暴な行動を繰り返し、トランプ政権が強硬な姿勢で対抗しているからこそ、同盟を組む日本は米国が軍事介入を回避するよう、米国に訴えていく必要があります。

 冷戦後、北大西洋条約機構NATO)を平和のための同盟に変えようと努力してきた欧州と違い、アジアでは冷戦構造が残っており、北朝鮮問題に加えて急速に台頭した中国との緊張も高まっています。日本は、中国との間でも、緊張関係が戦争や偶発的な衝突につながらない状況をつくっていくことが求められます。

 新興大国の登場は国際関係を不安定にします。しかし、中国の台頭は、16世紀から19世紀にかけてのスペインからオランダ、そして英国へといった戦争を伴った覇権移行とは違いがある。現在の中国は、各国との経済的な相互依存が深い。緊張は現実に存在しますが、戦争の回避は必要であり、できると考えている専門家がほとんどです。

 同盟は、相手の言うなりになることではありません。ドイツはNATOの一員ですが、イラク介入には反対し、派兵しませんでした。問題は同盟に賛成するか反対するかではなく、同盟の内実を見極めながらリスクを冷静に判断し、不要な戦争を回避することです。原則論ではなく現実に即した不断の努力が日本政府に求められています。

 (聞き手・池田伸壹)

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 ふじわらきいち 56年生まれ。国際政治を専攻し、99年より現職。著書に「デモクラシーの帝国」「新編 平和のリアリズム」「戦争の条件」など。映画評論も行う。
    −−「安保考 第1部・同盟とは:下 同盟、どう向き合うか 丹羽宇一郎さん、藤原帰一さん」、『朝日新聞』2017年09月07日(木)付。

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