ルース・ベネディクト『人種主義 その批判的考察』の価値 人種主義−−現代社会における「主義」(ism) その2

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 ベネディクトの研究が生き残った理由は、Race:Science and Politicsのなかでは次のような形で発見できる。つまり噂・ステレオタイプ・偏見をそのまま受け入れず、偏見などのルーツは何で、何を反映しているのか、そしてそれを現実と比較して何がわかるのか、という市井で戦時中にもかかわらず日本文化を研究したからなのである。
 難聴のため彼女は雑音をシャットアウトし、聞きとったことを確かめる習慣があったという(カフリー、1933:388)。「異質性」を体験し研究もした彼女に「自明の理」はなかった。だからベネディクトは調査結果をそのまま信じないし、戦時中の日本人に関するデマも鵜呑みにせず、自分の目や耳で再確認してからデータ重視の科学的方法にもとづいて文化の実態を分析した。そして人間の行動を理解するためにいつも文化という複合体の中野それぞれのメカニズムの関係性を科学的に探ろうとした。
 アメリカでは、ベネディクトが一般向きに著した三冊の本『菊と刀』『文化の型』、そしてここに訳出された『人種主義 その批判的考察』は今でも絶版になっていない。『菊と刀』は日本研究の古典であり、これを超えるものはまだ出ていないと言われている。また人類学では『文化の型』は必読のテキストであり、多くの学生に読まれている。これら長い寿命は重ねて『人種主義 その批判的考察』の根柢にあるものに求めることができるだろう。すなわちベネディクト自身の、難聴、女性、同性愛者である自分を見つめ、客観性を保ち偏見と戦う人類学者としての姿勢である。そうすることで彼女は社会と文化のエッセンスをつかむことに成功したのだった。
    −−ポーリン・ケント「解説 Race:Science and Politicsとルース・ベネディクト」、R・ベネディクト(筒井清忠・寺岡伸吾・筒井清輝訳)『人種主義 その批判的考察』名古屋大学出版会、1997年、220-221頁。

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「すなわちベネディクト自身の、難聴、女性、同性愛者である自分を見つめ、客観性を保ち偏見と戦う人類学者としての姿勢である。そうすることで彼女は社会と文化のエッセンスをつかむことに成功したのだった」という一点で信用することができる。

カフリーの評伝タイトルもいいですねぇ、“Stranger in this Land”。


本文内の「カフリー、1933:388」は以下の通り。
Caffrey,Margaret M. 1989 Ruth Benedict: Stranger in this Land,Austin:University of Texas Press.
カフリー『さまよえる人』福井七子・上田誉志美訳、関西大学出版部、一九九三年。
Congressional Record 1944 Senate,pp.4495-4500.


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関連リンク
龍谷大学アフラシア平和開発研究センター「よみがえるルース・ベネディクト」シンポジウム報告書(2008/12)
 ※pdfで開きます。
 http://www.afrasia.ryukoku.ac.jp/eng/research/researchseries6.pdf