覚え書:「哲学対話:小学生が楽しく テーマは人生、死、平等など 実践授業広がる」、『毎日新聞』2012年1月9日(月)付。

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哲学対話:小学生が楽しく テーマは人生、死、平等など 実践授業広がる

 ◇互いに問い考え深める 勉強する意欲に直結
 小学校で哲学対話の授業が広がっている。先生を「進行役」に、人生や運命、幸福、平等を堂々と語り合い、小学生が哲学対話を楽しむ。哲学者、教育学者の双方から「小学校で哲学の授業を」と声も上がっている。どんな授業なのか、なぜ今、哲学なのか−−。【望月麻紀】

 昨秋、東京都豊島区にある私立立教小学校で、同校初の哲学の授業があった。対象は5年生の全3学級。3日に分けて計3時間の授業だ。

 哲学の授業といっても、ソクラテスヘーゲルといった哲学者の思想の解説ではない。「白熱教室」と呼ばれて注目を集めた、米・ハーバード大学マイケル・サンデル教授による哲学対話に近い対話型だ。哲学者で茨城大学非常勤講師の土屋陽介さん(35)がサンデル教授役、つまり対話を進める「ファシリテーター(進行役)」を務めた。

 話し合いのテーマも子供たちが決める。どの学級でも次々に手が挙がり、ホワイトボードには死や震災、運命、人生と、取りあげたいテーマが書かれていく。さらに子供たちは「運命」と「人生」はどう関係するのか、などと持論も発表。そんなやりとりを重ね、テーマが決まっていった。

 A組「死とは何か」

 B組「大震災のように予測できない大事件に対して、対策をどう立てたらいいのか」

 C組「本当の幸せって何か。どうやって人生の中でそれに近づいていくか」

 どれも唯一の正解がない問いだ。授業でも結論は出さない。子供同士で話し合う時も、お互いに進行役を代わりながら務め、「なぜ」「たとえば」「それはどういう意味?」と問い合い、相手の考えを理解し、自分の考えを深めさせる。相手が答えに窮する質問をたたみかけて勝負をつけるディベートとは違うのだ。

 B組の授業ではこんなやりとりがあった。

 子供たちが考えた対策は「強固な堤防を造る」「住民の避難訓練や避難所の整備をする」「予測できるように科学者を育成する」だった。だが、「もっと日本全体にかかわることにお金をかけるべきだ」と話す子がいた。土屋さんが「たとえば?」と水を向けると「(国の)借金返したり」。別の男児が「借金を返すのも大事だけれど、(住民を)見捨てるのはおかしい」と反論。「訓練にはお金がかからない」という意見も出るなど、対策を評価しながら議論を深めていった。

 「ものごとを批判的、合理的に深く考え、意見の異なる人と理性的に対話するための技術を身につけるのが狙い」と土屋さん。子供たちは「楽しかった」「またやりたい」と話していた。発言できなかった子も「自分なりに考えることができた」「頭をフル回転させた」と感想文に書いた。土屋さんは立教小のほか私立玉川学園小(東京都町田市)でも4年生に授業をした。

 関西では大阪大大学院の本間直樹准教授(臨床哲学)らが実践している。兵庫県西宮市立香櫨園(こうろえん)小で07年度から総合的な学習の時間に、対話型の授業を続けている。絵や絵本を教材に話し合ったり、「平等」について語り合ったり、担任教諭との連携で多彩な授業に取り組む。

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 東京、関西ともに、米国やフランスの実践を参考にしている。米国では1970年代から哲学者が「子供の哲学」を提唱、実践を教科書にまとめた。哲学教育が盛んなフランスでは、幼稚園での哲学対話もある。

 日本の小学校では哲学は教えてこなかった。大学研究者が「小学校で哲学を」と求める背景には、内容が近い道徳教育が倫理観の教え込みにとどまっていることへの不満がある。

 土屋さんとともに小学校での実践に取り組む哲学者、河野哲也立教大学教授は「技術や知識が生活とどう結びつくのかを考えたり、議論する機会がないため、子供たちの勉強する動機が弱く、意欲が低い」と哲学の導入を訴える。

 日本女子大学の森田伸子教授(教育哲学)は「学校で学ぶことの意味を見いだせず、学校生活に絶望する子供たちがいる」と指摘し、「仲間と問いを共有し、共に探求する哲学の授業は、子供たちが生きることの希望を取り戻す契機になるのでは」と話している。
    −−「哲学対話:小学生が楽しく テーマは人生、死、平等など 実践授業広がる」、『毎日新聞』2012年1月9日(月)付。

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 http://mainichi.jp/life/edu/news/20120109ddm013100003000c.html



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