覚え書:「今週の本棚:五味文彦・評 『新古今和歌集全注釈 四』=久保田淳・著」、『毎日新聞』2012年2月12日(日)付。
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今週の本棚:五味文彦・評 『新古今和歌集全注釈 四』=久保田淳・著
(角川学芸出版・1万5750円)
◇「読人しらず」に「恋の部」の妙を味わう
古典の和歌集を読んで楽しむには、『万葉集』『古今集』と並んで『新古今集』があげられるが、『新古今集』は難しい。本歌取りを始めとする技巧がかち、すぐに歌の妙味を知りえないからだ。その味わいを知るためには、どうしても注釈が必要となる。本シリーズはその決定版である。
春夏秋冬の四季の歌に始まり、賀・哀傷・離別・羇旅(きりょ)までがこれまでに刊行されており、本書はその第四巻の恋の部を扱っている。今後、以下の巻では、恋の続き、雑・神祇(じんぎ)・釈教(しゃくきょう)まで全六巻となる。
著者は注釈の基本にのっとって、一首ずつ、その詞書(ことばがき)の題意、作者、歌意、語釈、本歌、参考歌、参考の本文、校異、撰者(せんじゃ)名注記、他の歌集との関係、鑑賞などを項目別に詳しく記してゆく。著者はこれまでにも何度か『新古今集』の注釈を試みてきているが、その上に立って著した本シリーズはまさに決定版の名に値する。
通常ならば学術書であり、高額なため、こうした書評欄で紹介するのは憚(はばか)られるのだが、平易な文章でわかりやすく、簡潔にして的確に説明されているので、一首一首を味わってゆくには最適の本であり、一般の方にも知ってほしく、あえて書評にとりあげた。なかでも本書が扱う恋の部こそは『新古今集』の事実上の編者であった後鳥羽上皇が最も苦心した巻といえよう。
著者は恋歌全五巻の構成にまず触れ、それが『古今集』に倣ったことを指摘した後、九九〇番の「読人知らず」の次の歌の注釈を示す。
よそにのみ見てややみなん葛城(かづらき)や
高間の山の峰の白雲
その鑑賞の項では、恋歌鑑賞の勘所に触れた後、「読人しらず」の歌が巻頭に置かれたのは『古今集』に倣ったことを指摘し、さらにこの歌がこれまでどう理解されてきたのかや、影響を受けた歌などを記す。
「読人しらず」の歌の意味あいに気づかされる。単に事情があってそう記されたものとか、作者の名がわからずに記されたものかと思っていたのだが、恋歌にはその匿名性が重要であると思うにいたった。そこで見てゆくと、恋歌の部の最後もまた「読人しらず」の次の歌であった。
さしてゆくかたは湊の波高み
うらみてかへる海人の釣船
ところで恋歌二の巻頭が、後鳥羽上皇の指示によって藤原俊成卿女の次の歌が据えられたことはよく知られている。
下燃えに思ひきえなんけぶりだに
跡なき雲のはてぞかなしき
著者はこの歌が『狭衣(さごろも)物語』を踏まえていて、絶賛された歌であることを指摘し、しかし藤原定家があまり評価していなかった事実を語り、その理由を物語に付きすぎていたからではないかと見ている。
その定家の歌も、後鳥羽上皇の指示によって恋歌五の巻頭に置かれたが、次の第五巻所収分であれば、この歌の注釈がどうなるのかを楽しみにしたい。
上皇はどうも巻頭歌と巻末歌には特別に配慮していたらしく、恋歌一の巻末には在原業平の歌を置き、恋歌二の巻末には上皇が絶賛した歌人の西行の次の歌を置いている。
思ひ知る人有明のよなりせば
つきせず身をば恨みざらまし
著者は、上皇がこの片思いの歌を巻末に置き、次の巻から逢(あ)う恋の歌を並べたことを指摘し、歌の内容については、いかにも軽い感じの歌の裡(うら)にある身を恨む重苦しさを味わうべきであるとする。
本書からは歌の一つずつが歌集全体のなかで息づいていることがわかってくる。全巻の完結が待ち望まれるが、それにしても本書の値段はあまりにも高過ぎる。それが残念。
−−「今週の本棚:五味文彦・評 『新古今和歌集全注釈 四』=久保田淳・著」、『毎日新聞』2012年2月12日(日)付。
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http://mainichi.jp/enta/book/news/20120212ddm015070005000c.html