覚え書:「時代の風:『アラブの春』と国際社会=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年8月5日(日)付。



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時代の風:「アラブの春」と国際社会
ジャック・アタリ 仏経済学者・思想家

独裁者に司法の裁きを
 革命が起きるためには二つの状況が必要だ。まず、人々が恐怖を感じなくなること。そして、失う物を多く所有していること、つまり、ある程度、財産のある中産階級が存在していることだ。経済が発展すると、人々は蜂起の欲求を持つようになるのだ。
 アラブ諸国における一連の革命(アラブの春)では経済成長によって教育水準が上昇し、(高学歴だが職に就けない)失業者が欲求不満を募らせるようになった。また、エリート層の間で、群衆に発砲するのは望ましくないという感情が生まれるようになる。
 マルクスは(市民)革命について「専制的な体制が経済を発展させ、中産階級を生む。そして、中産階級専制的な体制を駆逐する」と説明した。アラブ世界には民主主義の土台がなく、宗教的な原理主義の前に民主主義は後退すると主張する専門家もいた。だが、アラブの革命でマルクス説の正しさが証明された。
 (短文投稿サイトのツイッターや会員制交流サイトのフェイスブックなどの)ソーシャルメディアはアラブ革命でなんら役割を果たさなかった。確かに、新しい技術によって人々は憤りやすくなる。情報をたやすく手にすることができるからだ。だが、それだけで事は起こりはしない。ニューメディアのネットワークがあるからといって、人々が恐れを感じなくなるわけではないからだ。アラブの革命を「フェイスブック革命」と呼ぶ人もいるが、そうは思わない。


 (「アラブの春」の震源地として民主化が進んだ)チュニジアと、(内戦状態に陥った)シリアでは状況は大きく異なる。両国とも経済が壊滅的で、失業問題を抱える。ただ、チュニジア国民は政治権力(ベンアリ政権)が群衆に発砲しないだろうと知っていた。だからこそ国民がただちに蜂起した。シリアで時間がかかっているのは、国民が長期にわたり(アサド)政権に恐れを抱いてきたからだ。
 また、チュニジアが単一国家だったのに対して、シリアはオスマン帝国崩壊後に造られた国家だ。当初はレバノンと共に一つの国を形成していたが、二つに分けられた。今日では少数派のイスラム教アラウィ派に率いられている独裁体制だ。最良の解決法は独裁者が退陣することだ。独裁者を国際裁判所に送り、刑務所で一生を終わらせることだ。だが、中国とロシアが反対しているので、難しい。
 中露に働きかけて、反対が国益にならないことを理解させ、意見を変えさせなければならない。例えば、多数のイスラム教徒を抱える中国にとって、イスラム主義が勢力を伸張することは何の利益にもならない。イスラム主義の影響力に退行するには、中国も安定を必要としている。
 蜂起があった時、(リビアのように)人々を助けるために(国際社会が)介入することもあれば、シリアのように介入しない場合もある。(国連憲章第1章の)不介入原則と、憲章第7章の介入原則は矛盾している。ただ、不介入原則は「世界にとって重要でない」と考えられる時にのみ適用される。時間が経過すればするほど、重要でないことなどないと分かってくる。不介入原則はますます意味がなくなり、介入が増えていくのだ。
 介入のために理想的な組織は国連憲章第7章の下に置かれた軍隊(国連軍)だ。とはいえ、北大西洋条約機構NATO)も重要な役割を果たすことができる。NATOソ連に対抗して創設され、ワルシャワ条約機構が消滅した今も存続する。NATOこそ民主主義の軍隊だ。リビアアフガニスタンにも派遣された。NATO軍を国連指揮下に置くのが望ましいと思う。


 世界には、民主主義とエリート支配という二つの権力モデルがある。(共産党支配の)中国はエリート支配型だが、共産党の中央委員会や指導部に選ばれるには多数の賛同が必要となるため、次第に民主主義的な要素も出てきている。世界は民主主義が強まり、エリート支配が弱まる方向に向かっている。独裁は減り、エリート支配は次第に民主主義に取って代わられる。
 明白なのは、歴史上、民主国家同士が戦争をしたことはなかったということだ。独裁国と民主国家の間の戦争はあっても、民主国家間ではなかった。第二次大戦の例を見てもドイツや日本は民主国家ではなかった。世界が民主化の方向に向かっているということは、戦争のリスクがそれだけ減っているということでもある。民主主義は戦争を防ぐ最も効果的な手立てなのだ。
 民主主義は時に動きが遅すぎることもあり、それが主な欠点であり、弱点だ。今日の欧州を見ても、民主主義は金融市場について必要な決定を下すのが非常に遅い。だが、民主主義は「果てしない議論」の代名詞ではない。民主主義は「弱い政府」を意味しているわけではなく、強力な政府を持つ民主国家も有り得る。民主的に意思が決定されたら、迅速に行動に移すことだ。【構成・宮川裕章】
    −−「時代の風:『アラブの春』と国際社会=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年8月5日(日)付。

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