覚え書:「今週の本棚:川本三郎・評 『ウッドストックへの道』=マイケル・ラング著」、『毎日新聞』2012年09月02日(日)付。



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今週の本棚:川本三郎・評 『ウッドストックへの道』=マイケル・ラング著
 (小学館・2940円)

 ◇伝説のヴェトナム反戦「野外音楽フェス」の青春
 一九六〇年代に青春を送った者は、たとえどんなに意見が対立していてもウッドストックのことを思い出せば心がひとつになれる。
 一九六九年の八月、ニューヨーク郊外ベセルの町の農場で三日間にわたって行なわれた、平和と音楽の祭典。約五十万人もの若者が集まりながら、大きな混乱はなく平和のうちに終った奇蹟(きせき)のような野外フェスティヴァル(ただしあまりに人数が多すぎて正確な数字は分らない。七十万人説も)。
 そんなものは幻想さと笑うことは出来るだろう。しかし、あの時、ヴェトナム戦争に反対する若者たちの気持がひとつになったことは確かだ。彼らの音楽を愛した日本の若者も含めて。
 主催した、当時まだ二十代だった若者(一九四四年生まれ)が、あのいまや伝説となった野外フェスを振返る。
 ヴェトナム戦争が泥沼化していた。キング牧師が、ロバート・ケネディが暗殺された。アメリカ社会は混乱の極にあった。若いマイケルは、音楽でひどい状況を変えようと野外フェスを思いつく。幸い、同じ二十代の資金提供者が現れる。若者たちは一気に夢に向かって走り出す。この点では前世代のアメリカン・ドリームを継承している。
 夢といっても足元の現実は見なければならない。会場はどこにするか。どのミュージシャンを呼ぶか。ギャラは、入場料は。次々に問題が出てくる。一方、若者たちの熱意に応え次々に大物ミュージシャンが参加を表明する。ジョーン・バエズジャニス・ジョプリン、CCR、ザ・バンドジミ・ヘンドリックス。規模がどんどん大きくなる。
 ニューヨーク郊外のウッドストックで行なうのが理想だったが、いい場所が見つからない。次にウォールキルという町を候補にしたが、ヒッピーや長髪の若者を嫌う保守的な町民たちに土壇場で拒否されてしまう。
 切羽詰まった時、救いの主が現われる。ベセルの町で広大な農場を営むヤスガー夫妻。若者たちの夢に手を貸すのが大人の役割だと、喜んで会場を提供することになる。この中年の農場主夫妻の寛容が本書を温かいものにしている。
 会場が決まるが、その後も次々に難題が待受けている。トイレはどうするか。食料は。警備は。救護施設は。夢の実現のために現実と格闘しなければならない。舞台裏の苦労が続く。
 そして開幕前日から予想をはるかに超える若者たちが集まってくる。人、人、人の波。ついには入場料を取るすべもなくフリー・コンサートにせざるを得なくなる(だからあとで経済的には大変なことになる)。
 さらに悪いことに連日、雨にたたられる。会場は泥の海。嵐も襲ってくる。照明のタワーが倒れそうになる。舞台ではミュージシャンの身体に電気が走る。
 最悪のコンディションのなかで、しかし混乱は起きない。若者たちはずぶぬれになりながら互いに助け合う。泥や雨を楽しんでしまう。何よりも演奏される音楽が心をひとつにする。
 町の人たちの協力も大きい。婦人団体や宗教団体が食料を差し入れてくれる。高校が病棟になる。医師たちが駆けつける。農場主のヤスガーは支援を続けてくれる。
 ヴェトナム戦争によって国が荒廃していた時に、一瞬とはいえ、こういう疑似家族が生まれたのは奇蹟というしかない。そしてこれは日本にも大きな影響を与え、現在の野外フェスにつながってゆく。
 絶望や挫折で語られることの多い一九六〇年代の青春だが、こういう幸福な一瞬もあったのだと忘れてはなるまい。あの時代を知る好著。(室矢憲治訳)
    −−「今週の本棚:川本三郎・評 『ウッドストックへの道』=マイケル・ラング著」、『毎日新聞』2012年09月02日(日)付。

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