書評:中野敏男『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』NHK出版、2012年。




中野敏男『詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」』NHK出版、読了。白秋を素材に、戦前日本社会の民衆のメンタリティーの変遷を批判的に考察する一書。童謡で人気を獲得した白秋が、なぜ戦争賛美を歌いあげ愛国心を鼓舞するようになったかを検証する。

白秋の底流にあるのは「郷愁」。これが関東大震災を契機に変貌する(震災後、新民謡にも参加しブレイク)。故郷を懐かしむ思いは、童謡が媒介だから、還元不可能な体験から「無垢」な世界へと変質する。同時にそれは故郷のイメージの改変へ必然する。

白秋の核にある童心主義とは「子供に還ることです。子供に還らなければ、何一つこの忝(かたじけな)い大自然のいのちの流れをほんたうにわかる筈はありません」。本来パティキュラルな郷愁が、童心との融合で「無垢な世界」という普遍に転位される。

この白秋の変化は、彼の詩歌を愛唱した日本人のメンタリティーの変化そのものである。童謡の無垢は、郷土愛を純粋無垢な心情と同義され、それが時勢にのり愛国心として燃え上がる。これは大正デモクラシーの多様性から戦前日本の一本化への収斂の道の一つ。

では、この歪みは敗戦によって解消するのか。著者によれば否である。敗戦後もこの無垢な愛国心は消えず、復興への道の原動力として機能した。最終戦争への総力戦と経済の総力戦。先の震災で露わになったのは、歴史を振り返らないことだと指摘する。了。

以下、余談ですが、想起するのは、森脇佐喜子(解説・高崎隆治)『山田耕筰さん,あなたたちに 戦争責任はないのですか』(梨の木舎)。これもいい本です。それから(先の『詩歌と戦争』の中野さんの議論を誤読されると厭だから、強調するとパトリオティズムも結構「糞」だとは思います。





NHKブックス No.1191 詩歌と戦争 白秋と民衆、総力戦への「道」 | NHK出版