覚え書:「今週の本棚:中村達也・評 『縮小社会への道』=松久寛・編著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。




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今週の本棚:中村達也・評 『縮小社会への道』=松久寛・編著
 (日刊工業新聞社・1680円)

 ◇今世紀後半の高齢化・人口減少社会を透視する
 今からもう一八年も前のことだが、衝撃的な一冊の本に出会った。マテリアル・ワールド・プロジェクト編『地球家族』(TOTO出版)。「申し訳ありませんが、家の中の物を全部、外に出して写真を撮らせて下さい」と断った上で撮影した、世界三〇カ国の人々の暮らしぶりが紹介されている。例えば、最初の頁(ページ)には西アフリカのマリ共和国のナトマさん一家の写真。ナトマさんと奥さんと子供たち。なんとも和やかな表情でカメラに収まっている。そして家の前に並べられているのは、食器や壺(つぼ)や腰掛けなど、およそ四〇くらいの品目。これだけで家族九人の生活が営まれているのである。

 頁を繰ると、次第に物の数が増えてゆく。スペイン、イタリア、ドイツ、イギリス、アメリカ……そして日本。品目数は、おそらく五百を超えているだろうか。人間がどこに写っているのか探すのが困難なほどだ。物を使っているというよりは、物に押しつぶされそうな気さえしてくる。いっそのこと、あり余るほどの物をそぎ落とし、もっとシンプルに、物に支配されるのではなく物を使いこなすような生活に組み替えることができないものなのか。そうした文脈で『縮小社会への道』を読んでみると、とても印象的である。小さな本だが、投げかけるメッセージは重い。
 今から四年ほど前に、京都大学のメンバーを中心に「縮小社会研究会」なるものが結成されたのだという。GDPのプラス成長はもちろん、ゼロ成長でもなく、マイナス成長をこそ目指すのだという。地球上の資源存在量や環境制約を考えれば、いずれは「縮小社会」を本気で考えなければならないと見るからである。そして本書には、「縮小社会研究会」の五人のメンバーの試論が繰り広げられている。ただし、画一的で統一的な見解が示されているというのではない。脱原発論、資源論、交通論、再生可能エネルギー論、技術論、日本経済縮小論、社会保障論等、こもごもに「縮小社会」の構想が語られている。

 それぞれに個性的な試論だが、とりわけ興味をそそられたのが、第七章「日本経済の縮小」だ。『地球家族』は、いわば情緒に訴える作品であったが、こちらは論理で押してくる。二〇世紀の百年間で日本の人口は三倍に膨らんだ。そして、二一世紀の終わり頃にはそれが三分の一にまで減少する。豊かさを表現するのはGDPそのものではなく、人口で割り算した一人当たりGDPである。だとすれば、人口減少が進む日本では、GDPそのものは減少してもかまわないことになるのか。しかし、事はそれほど単純ではない。高齢化率が上昇しながら人口が減少するからだ。現在すでに世界最高の高齢化率にある日本だが、二一世紀の半ばには、人口に占める六五歳以上の比率が四割を超える。年金、医療、介護など高齢化に伴うコストが増えてゆく一方、生産を担う現役世代が減ってゆく。
 そうした状況の下で、どのような選択が可能なのか。女性と高齢者が労働に参加できるような仕組み・制度の構築、少ない人口で生産性を上げるための改革。四つのケースを想定して、ひとつひとつ可能性を確かめてゆく。決して容易ではないが、乗り越えられない課題ではないことが示される。政府は、二年ほど前に「新成長戦略」を発表し、二〇二〇年度まで実質GDP成長率二%を目指すとしたが、果たしてどんな根拠があってどの程度実現可能性があるものなのか。そんなことをも改めて考えさせる、人口減少社会のこれからを透視するための貴重なたたき台になる一冊。
    −−「今週の本棚:中村達也・評 『縮小社会への道』=松久寛・編著」、『毎日新聞』2012年10月14日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20121014ddm015070051000c.html