書評:アントニー・ピーヴァー、アーテミス・クーパー(北代美和子訳)『パリ解放 1944ー49』白水社、2012年。
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ひとたび喝采が消え去ったあとも、自らの解放者を愛し続ける国はほとんどない。自分たちの国家と政治制度とを、実質的にゼロから立てなおすという気の重くなる現実と向き合わなければならないのである。かたわらでは、私たちが今日「政権交代」と呼ぶ混乱期に乗じて、ヤミ商人とギャングとが跋扈している。このことは、人びとが独裁政権下だろうと的の占領下だろうと、道徳を犠牲にし、怯懦によって生き延びなければならなかった屈辱を忘れたがっているときに、集団的な恥の感覚をいっそう強める。つまり解放とは、なににも増して扱いにくい借金を作り出す。それが満足のいく形で全額返済されることは決してない。自負心とはとても傷つきやすい花なのだ。
−−アントニー・ピーヴァー、アーテミス・クーパー(北代美和子訳)『パリ解放 1944ー49』白水社、2012年、9頁。
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A・ビーヴァー、A・クーパー『パリ解放 1944−49』白水社、読了。ナチ占領から戦後復興までのフランス現代史が舞台。本書は米ソ二大国に翻弄されながら、戦勝国として歩み出すまでを描く歴史ノンフィクションの傑作。一筋縄ではいかない権力闘争の末に“葦”のように第四共和政は確立される。
ドゴールの自由フランス軍ですら寄せ集め。共和派、王党派、共産主義者、反ユダヤ主義者……一枚岩ではない。対して、レジスタンスの主導権を取った共産党は、スターリンから見放され、社会党と泥仕合である。
著者は混乱期のパリを、様々な階層の人々の手記や肉声から、その重奏な歴史を立体的に浮かび上がらせる。知識人や芸術家の動向が変奏曲のように挿入され、復興期フランスの政治、経済、文化がいきいきと甦る。
売り出し中のサルトルがスターリンの無謬性を信じていたり、米軍と騙し合いを繰り返すパリの芸術家たち。戦勝国なのに米軍はパリでも「進駐軍」だった。苦渋に満ちたフランスの歴史は、戦後日本の苦渋を新たな視座から照射する。
久しぶりに500頁近い戦史ノンフィクションを読んだが、非常に面白く、頁をめくる手が止まらなかった。戦後史のウラを証言からたどる好著。