覚え書:「今週の本棚・本と人:『性愛空間の文化史』 著者・金益見さん」、『毎日新聞』2012年12月23日(日)付。




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今週の本棚・本と人:『性愛空間の文化史』 著者・金益見さん
ミネルヴァ書房・2100円)

◇欲望と羞恥心が育てた場所

 珍しいテーマと、女性研究者であることが話題になった2008年の『ラブホテル進化論』(文春新書)に続き、その空間の成り立ちについて社会学的な視点から論を展開した。「ハイカルチャーなものだけではなく、欲望が育てたものもまた、日本の文化なのです」と語る。
 地方紙を一枚一枚めくって広告を確かめ、決してオープンとはいえない業界の関係者のもとへ足を運んだ。地道な研究の集大成が本書となった。
 「連れ込み旅館」の成り立ちや、名称やマークの変遷、建築や内装まで紹介。事例を追っていくと、そこには「隠したい」と思う日本人独特の羞恥心があったことがよく分かる。「戦後の住宅問題や家族構成など、生活文化が密接に絡み合って発展をうながしてきた」。法律上の問題もあわせ、さまざまな事情のもとで細部の工夫を凝らすさまを、「ハングリー精神のあるアイドルが、制約があるからこそ芸を磨くようなもの」とたとえてみせる。
 米国生まれのモーテルは、「人と出会わない仕組み」を追求した結果、日本版モーテルとして独自の進化を遂げた。非日常の空間をこれでもかと提供したのは、その後にはやった西洋風の城や豪華客船などの外観。風変わりな建築には違いないが、周囲の光景とズレた西欧風ショッピングモールとも、どこか根っこは同じように思える。
 一方、一つがヒットすると、同じスタイルばかりになるのは「まねしい(まねっこ)業界」だからだと指摘する。経営するのは企業ではなく家族経営の家業。見よう見まねで経営していたからこそだという。
 最後の章で「現在」が語られる。空間はシンプルになり、情報誌でもサービスが特集されるなど、女性も抵抗感なく利用できるようになっている。今後はどんな姿に生まれ変わるのか。「もうこれまでのような発展の仕方はしないと思います。普通の企業になり、経営努力をするようになりました。居心地のよい空間をやっと追求するようになったのです。そもそもマーケティングをしたら船形にはならないでしょう」
文と写真・高橋咲子
    −−「今週の本棚・本と人:『性愛空間の文化史』 著者・金益見さん」、『毎日新聞』2012年12月23日(日)付。

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