覚え書:「書評:『ホロコースト後のユダヤ人』 野村真理著 評・星野博美」、『読売新聞』2013年01月20日(日)付。




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ホロコースト後のユダヤ人』 野村真理著

評・星野博美(ノンフィクション作家・写真家)
欧州を去った真の理由


 ナチによってユダヤ人が虐殺されたホロコーストについて知らない人はほとんどいないだろう。生き残った多くの人が「約束の地」を求めてパレスチナに渡り、いまも一触即発の状況が続くパレスチナ問題の原因を作ったことも、自明のこととして語られることが多い。しかし彼らがヨーロッパを去った本当の要因は何だったのか。本書はホロコースト後のユダヤ人の動向を明らかにし、約束の地を求めたイスラエル建国という俗説に疑問を呈する。

 強制収容所から生還して連合国の難民キャンプに収容されるユダヤ人難民は、ナチという原因が消滅すれば人数が減少するはずだった。しかし減るどころか数は増加した。ポーランドなどで反ユダヤ主義が発生し、ユダヤ人の帰還を望まない人が増えたためだ。あふれかえるユダヤ人に頭を悩ませる連合国。が、自国への流入は制限したい。パレスチナは恰好の問題解決策だった。

 パレスチナへのユダヤ人脱出は、当初はパルチザンユダヤ旅団の良心によって始まった。しかしイスラエル独立戦争が不可避となり戦闘要員が不足すると、キャンプで暮らすユダヤ人は強制徴兵に近い形で徴集されてゆく。地獄から生還し、平凡な日常を回復することだけを望んだ若者が、十分な訓練を受けないまま戦場へ送られ、自分たちが住む場所を追われたように、今度はアラブ人の居場所を奪っていく。

 浮かび上がるのは、関係国の責任の押しつけあいと非当事者の無関心だ。トランプのババ抜きのように問題を弱者に押し付け、思考停止してゆく負の連鎖。ヨーロッパのユダヤ人社会の消滅は、ホロコーストを生き残ったユダヤ人がナチなき後に元の居住国を追われたことで「より完成されたともいえる」という一文が衝撃だった。パレスチナに平和が訪れるまで、ホロコーストは終わらない。パレスチナ問題を理解する上で欠かせない視点を備えた一冊である。

 ◇のむら・まり=1953年生まれ。金沢大教授・社会思想史、西洋史。著書に『ガリツィアのユダヤ人』など。

 世界思想社 2400円
    −−「書評:『ホロコースト後のユダヤ人』 野村真理著 評・星野博美」、『読売新聞』2013年01月20日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130121-OYT8T00432.htm






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