覚え書:「書評:『ケインズかハイエクか』 ニコラス・ワプショット著 評・中島隆信」、『読売新聞』2013年1月20日(日)付。


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ケインズハイエクか』 ニコラス・ワプショット著

評・中島隆信(経済学者・慶応大教授)
ノーガードの応酬


 経済が不況に陥ったとき、政府が積極的に市場介入すべきか、それとも市場の自然治癒力に委ねるべきか。本書は、この論争の生みの親ともいうべき二人の経済学者ケインズハイエクを中心として描かれた壮大な経済ドキュメンタリーである。

 これほど読者を引きつける経済書も珍しい。当事者二人によるノーガードの議論の応酬は、次にどんなパンチが繰り出されるかわくわくさせる。そして、ケインズ亡きあとも続く場外乱闘。アメリカ経済学界を舞台に、若手ケインズ派ハイエクの後継者たる古典派学者らが壮絶なバトルを繰り広げる。そこに保守派の共和党とリベラル派の民主党の政権争いが絡み、レーガノミクスなる副産物まで誕生する。一方、現実経済では、スタグフレーションソ連崩壊、さらにリーマンショックなど変動が起きるたびに両派への信認は揺れ動く。著者の筆は休むことなくその動きを追い続けていく。

 経済学の巨匠たちによる数々の名言も本書の読みどころだ。均衡重視の古典派経済学に対する「長期的には、われわれはみな死んでいる」(ケインズ)、不況時の貨幣供給量増大策への「今までより長いベルトを買うことで太ろうとしている」(ケインズ)、保守派に向けた「国家主義的、権力崇拝的な傾向において保守主義は真の自由主義よりも社会主義に近い」(ハイエク)、そしてケインズ派のリーダーがその絶頂期に発した「私はある国の経済学の教科書さえ書けるなら、その国の法律を誰が書こうが構わない」(サミュエルソン)などその表現の巧みさと鋭さに思わず唸ってしまう。

 昨年末の総選挙の結果、大規模金融緩和策と公共事業拡大を政策の柱とする安倍・自民党が政権を担うこととなった。このアベノミクスが今後の経済にどのような影響を与えるか注視していく意味からも、今の時期にこそ本書の一読を強くお勧めしたい。久保恵美子訳。

 ◇Nicholas Wapshott=1952年、英国生まれのジャーナリスト、作家。「タイムズ」などで活躍。

 新潮社 2400円
    −−「書評:『ケインズハイエクか』 ニコラス・ワプショット著 評・中島隆信」、『読売新聞』2013年1月20日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130121-OYT8T00763.htm






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