覚え書:「今週の本棚:小島ゆかり・評 『月の名前』=文・高橋順子、写真・佐藤秀明」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。




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今週の本棚:小島ゆかり・評 『月の名前』=文・高橋順子、写真・佐藤秀明
毎日新聞 2013年02月17日 東京朝刊

 (デコ・2625円)

 ◇「銀の皿」に寄せる古今の詩歌のゆたかさ

 詩人・高橋順子と写真家・佐藤秀明のコンビによる『雨の名前』『風の名前』『花の名前』(小学館)は、常にわたしのかたわらにあって、開くたびに眼と心に潤いをもたらしてくれる。今度は、その二人による『月の名前』が刊行された。うれしい。

 「四季の月」「月のかたち」「月の伝承」「暦の月」「月とことば」の五章から成る。四百語にも及ぶ月の言葉と、古典から現代に至るさまざまな詩歌のゆたかさ。

 まず「1章 四季の月」を開く。ただいまの冬の月では、冷たく美しい「月の氷(こおり)」(澄みきって氷のように見える月。また水に映った月がきらめくさま)や、幻想的な「青月(せいげつ)」(青白く凄(すご)いような月)に出会い、まもなくの春の月はというと、めずらしい「油月(あぶらづき)」(空中の水蒸気のために月の光がたゆたい、月の周りにまるで油を流しでもしたかのように見える月)や、「烟月(えんげつ)」(けむったように見える月)に出会う。

 また「3章 月の伝承」の「月の異称」では、神秘的な現代俳句「月魄(つきしろ)や出入りはげしきけものみち」(真鍋呉夫)や、素朴な越後の童謡「ののさまどつち。いばらのかげで、ねんねを抱いて、花つんでござれ。」を楽しむ。

 「月魄(げっぱく/つきしろ)」の「魄」は魂。「月魄」は月の精、また月のこと。俳人が「月代」や「月白」ではなく「月魄」を選んだのは、おそらく「けものみち」と関わりがあるだろう。

 「ののさま」は、幼児語。月ばかりでなく、太陽や神仏にもいう。「ののさん」「のんのさま」「のんのちゃん」とも。そういえばわたしの祖母は、「のんのさま、のんのさま」と言っては月を拝み、仏壇に手を合わせていた。

 ゆっくりとページをめくりながら、進んだり戻ったりしていると、ところどころに、味わい深く風通しのよい詩とエッセーがひっそりと置かれていて、この詩人の魅力にしばらく立ち止まる。

 たとえば、エッセー「初恋を偲(しの)ぶ夜」は、井伏鱒二の詩の一節「今宵は仲秋明月/初恋を偲ぶ夜/われら万障くりあはせ/よしの屋で独り酒をのむ」(「逸題」『厄除(よ)け詩集』)をひいて、こんなふうに書く。

 十五夜ころの月のさやかに照る晩、作家は東京新橋の「よしの屋」に足が向く。作家の「初恋」は遠い彼方に月のように光っている。いまとなっては美しい思い出である。「われら」と言いながら「独り酒をのむ」というのがいい。(中略)作家はそれから「蛸(たこ)のぶつ切りをくれえ」と声をあげる。俳諧的な滑稽(こっけい)さがある。「それから枝豆を一皿」と注文する。こちらは「豆名月」を意識しているのか、いないのか。

 たとえばまた、詩「銀の皿」は、こんなふうにはじまる。

  月は銀の皿

   さらさら

  銀の皿には何を盛りましょう

 佐藤秀明の写真は、美しくなつかしく、ときに幻想的に、月の言葉たちに時空の奥行をもたらしている。

 「この本は地上にいつまでも止まってはいられぬ者が捧(ささ)げる月への讃歌(さんか)である」(まえがき)という。月面に人の足跡がしるされてのちも、「銀の皿」に盛るべき、わたしたちの物語は終わらない。
    −−「今週の本棚:小島ゆかり・評 『月の名前』=文・高橋順子、写真・佐藤秀明」、『毎日新聞』2013年02月17日(日)付。

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