覚え書:「書評:『ヒップホップの詩人たち』 都築響一著 評・開沼 博」、『読売新聞』2013年03月03日(日)付。




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『ヒップホップの詩人たち』 都築響一

評・開沼 博(社会学者・福島大特任研究員)
持たざるものの武器


 本書が追いかけるのは15人の「日本産ヒップホップ・ラッパー」たちの半生とそこで生まれ少なからぬ支持を得る作品の数々だ。

 幼い日の親の離婚、学校での孤独、社会に放り出された時に見つからない承認と居場所。1970、80年代に生まれた彼らの紡ぐ言葉には、現代社会のリアリティーが重苦しくのしかかる。登場人物の半分以上が、窃盗・傷害・詐欺・薬物所持など何らかの犯罪歴があるが、裕福な家庭に育ち“いい学校”をでた者も混ざり、ただの「不良更生物語」には還元しきれない。「幸せ・成功」が不確かな社会。行き場の無い思いを乗せた言葉が韻を踏みながら紡がれる。

 <十四、五、六、七で止まる足取り/空白の十八/目の前は真っ暗/濡らす枕/あとどんだけの暮らしが/薄暗い部屋の単独の独房/読書黙想か想像で独走>(アルバム『ROB THE WORLD』の「GROWTH」)

 学校に行かず漢字も言葉も知らない。「俺が辞書開けてややこしい言葉いっぱい出しても、伝わらない」。一度も辞書を開いたことがないキタオカケンタは、今最も支持を集める若手ラッパー「ANARCHY」となった。

 彼らの言葉に宿るリアリティーの一方に、それが根ざすローカリティー=「地元」の大切さ・切実さが見える。米国でラップを学んだ「田我流でんがりゅう」が歌うのは町村合併によって消えた山梨県一宮町の日常。福島県いわき市出身の「鬼」が生育地の名をつけた曲「小名浜」には、全国のヒップホップファンが熱狂した。

 <懲役も満期でテンパイ/八郎の病死/オヤジ呟つぶやく面会/ナオの受信で知ったオリカサの他界/この塀は高い/独房は妙に暖かい>

 ピアノもギターも要らない。研ぎ澄まされた言葉さえあれば成立するラップは「持たざるもの」から生まれた音楽だ。かつて「輸入物」に過ぎなかったそれは、今や日本の「持たざるもの」がその生を活写する重要な武器となっている。

 ◇つづき・きょういち=1956年生まれ。編集者、写真家。現代美術、建築、写真などの書籍編集や執筆でも活躍。

 新潮社 3600円
    −−「書評:『ヒップホップの詩人たち』 都築響一著 評・開沼 博」、『読売新聞』2013年03月03日(日)付。

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http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20130304-OYT8T00847.htm






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