[評伝]覚え書:「書評:山靴の画文ヤ 辻まことのこと 駒村吉重著」、『東京新聞』2013年4月28日(日)付。




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山靴の画文ヤ 辻まことのこと 駒村 吉重 著

2013年4月28日

◆余白多い自由求めて
[評者] 正津 勉 詩人。著書『行き暮れて、山。』『小説尾形亀之助』など。
 辻まこと。今年、生誕百年、没後三十八年。いまもこの人の著書やイラストの原画、ことに肉筆原稿や絵画作品などは、業界で飛びっ切りの高値がつく。熱烈なファンが数多くいるのだ。
 まことは画描(えか)きを志すも挫折。「画描きに近い職業で暮らす」うちに、独自の筆遣いを手中にした画師である。そして山や街や人を描いた画もだが、実に文がいい。一口で説明のできない語り口のなめらかな出色の名文なのである。
 世渡りの職業でいえば画家・随筆家だろうが、肩書は無用。自在な生き方というか、生涯の振り方といおうか。まことはいかにして「自由人」になりえたのか? まずは出自の問題がある。
 ダダイスト辻潤と、女性解放運動家の伊藤野枝の長男に生まれた。三歳の時、母が家出し大杉栄のもとへ。関東大震災に際し、母は大杉と幼い甥(おい)とともに憲兵隊に虐殺される。この惨劇が与えた影響は大きい。以来「居候」と称する日々を送る。家庭を持つも、安穏を得ない。
 画文は身すぎで、交友も趣味も山遊びもみな「居候」の一つなり。著者は特異な出自に抗(あらが)った謎多い生涯を、大正・昭和の時代を背景に再現し、父の求めた自由とは異なる余白の多い自由、そして魂の屈託を真情をこめて描いている。しかし何と、その最後が自死だったとは。
こまむら・きちえ 1968年生まれ。ノンフィクション作家。著書『ダッカへ帰る日』など。
山川出版社 ・ 1890円)
◆もう1冊 
 辻まこと著『ひとり歩けば』(未知谷)。<歩くひと>と呼ばれた画家がつづる山歩き・街歩きのエッセー選集。
    −−「書評:山靴の画文ヤ 辻まことのこと 駒村吉重著」、『東京新聞』2013年4月28日(日)付。

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駒村 吉重
山川出版社
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