覚え書:「書評:自然災害と民俗 野本寛一著」、『東京新聞』2013年5月5日(日)付。




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自然災害と民俗 野本寛一 著

2013年5月5日

[評者] 金田久璋 民俗学者・詩人。著書『森の神々と民俗』など。
◆入念な聞き書き基に考察
 たとえば、著者はその重厚な論考の中で、聞き書きした相手の実名と生年を必ず書き記す。それが野本民俗学の調査研究の基本であり、堅実で実直なポリシーである。「名もないとされる」一人の庶民がそこにいたことは微動だにしない。そのうえで一次資料で書くことを頑として貫く。何かと個人情報が厳しい現在、信頼に基づくその姿勢を貫くことは並大抵ではない。しかもそれ相応の誠実さが求められる。必然的に口述による論著は貴重な一級資料となる。
 一例を挙げるなら、九州の火山地帯で著者が採集した「ヨナ歯」という民俗語彙(ごい)がある。噴火の降灰(ヨナ)による病的な牛馬の歯をさすが、おそらくどのような辞典にも載録(さいろく)されてはいまい。聞き書きを前提とする民俗学の醍醐味がまさしくここにある。ちなみに「ヨナ」は「後産」のヨナ・エナと同根の語彙であろう。さらには、津波を起こす「ヨナタマ」(海霊)という民俗語彙についての説得力のある考証には、身震いを禁じ得ない。
 東日本大震災から二年後の3・11に、この日を銘記するように刊行された本書は、まさしく環境民俗学創始者の一人である著者の面目が躍如している。「一見無関係に考えられるような生業行為と祭りが深い祈りで結ばれていることを発見」してきた、庶民の手堅い伝承知の集成として、今こそ災害国日本の防災マニュアルにどのように生かすべきかが問われているのである。
 地震津波、火山噴火と降灰、山地崩落、台風、河川氾濫(はんらん)、琵琶湖の増水、雪崩、吹雪、冷害、旱天(かんてん)と雨乞い、霜と続く十一章にわたる章立ては、日本人ならどこにいても無関係・無関心ではありえないさまざまな自然災害が、入念な聞き取りを基に詳細に考察されている。終章で「地域共同体の基礎力の復活」が提唱されているが、あらためて民俗の「絆」の力を見直したいと思う。
のもと・かんいち 1937年生まれ。民俗学者。著書『海岸環境民俗論』『神と自然の景観論』など。
森話社・2730円)
◆もう1冊
 川島秀一著『津波のまちに生きて』(冨山房インターナショナル)。気仙沼で被災した民俗学者三陸の生活と復興を語る。
    −−「書評:自然災害と民俗 野本寛一著」、『東京新聞』2013年5月5日(日)付。

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