日記:画一化の傾向にたいして本能的に反発し、マジョリティーと違った意見や傾向、学問でも、芸術でも、そういったものを本能的に保護しようとする伝統



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丸山(眞男) アメリカではそういう傾向が最も極端にあるようですけれどもね、それに抵抗する要素も、さっき言ったようにあるんじゃないか。
高見(順) ありますね。その一例として、ぼくはいつも感心しているのですが、『タイム』のブック・レビュー欄。ほかの記事は、いわば歌謡曲みたいなものですよ。ところが、ブック・レビュー欄だけは実に高級です。詩集の紹介などをしょっちゅうやっていて、売れなくても高い文学の紹介につとめ、ベスト・セラーなどは扱っていない。ジャーナリズムの腐蝕力に、同じジャーナリズムの中で抵抗している。
丸山 ラスキなんかも『アメリカン・デモクラシー』の中で面白くそのことをいっている。ジャーナリズム、放送、ハリウッド映画などが、市民の意見の形成に及ぼす圧倒的な力をいろいろの例をあげて述べて、いかに自主的に判断しようと思っても、判断する材料というのは、ほとんどそうした巨大ジャーナリズムやシネマによって提供されるので、そこに知らず知らず判断の溝が出来てしまうんですけれども、その反面、まだアメリカにはノンコンフォーミズムというピューリタンの伝統が強く、画一化の傾向にたいして本能的に反発し、マジョリティーと違った意見や傾向、学問でも、芸術でも、そういったものを本能的に保護しようとする伝統は実に強いと言っているんです。
高見 日本と逆だね(笑)。
丸山 少数者の考え方、少数者の意見を何んとかして盛り立てて、そいつを保護してゆこう、そういうトラディションが失われない間は、まだアメリカのデモクラシーは健全でしょう。こいつは日本なんかとくに学ぶ点だと思いますね。むろんそれは、芸術や学問やインテリゲンツィアが社会の上に立つべしという哲人政治的な議論になってはいけない。そうでなくて、マイノリティーを押し潰さないという問題です。

※初出、『人間』鎌倉文庫、1949年12月(12月号)。
    −−丸山眞男高見順「」、『丸山眞男座談』第一巻、岩波書店、1998年、305−307頁。

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よく、日本に住むひとびとは、典型的なアメリカ人像を想起して、「ハンバーガーの食べ過ぎ、ケチャップのかけすぎのデブ」みたいなものを滑稽がりますが、果たしてその滑稽がる日本に住む人々は、その滑稽なる対象よりも「画一的」なのかどうかといった場合、現実は、より深刻な問題を抱えていると思います。

だから、すぐなにかあると、全体の方針と少しでも違うような事例があると、「そういう連中は、日本人ではない」「非国民だ」といった議論が簡単にまかり通ってしまう。特に2020年の東京オリンピック開催決定後、その論調が強くなったような気がします。

要するに「オリンピック開催を喜ばない人間は日本人ではない、?非国民?だ」云々かんぬん。

しかし、そういう言説が、例えば日本人という概念を創り上げるのかどうかといえば、そうではないですよね。

人種論的なアプローチで科学的にその独創性を規定することは事実上困難ですし、近代国民国家生成後、その国際的な相互認識としては、それは「情念」としての概念ではなく、?さしあたり?に過ぎない「機能」としての概念という意義に過ぎませんから、あくまでもそれをどこかで相対化して受容する契機が必要になりますから。

知らない間に呑み込まれた画一化という自己認識と他者認識が、実は権力にとって都合の良い人間像に過ぎず、それを刷新していこうとする挑戦を根こぎ(ヴェイユ)にしていくことに関しては、歴史を振り返れば、日本に住む人々はアメリカに住むひとびと以上に問題でしょう。

さて冒頭に掲げたのは、昭和24年に行われた丸山眞男と作家・高見順との対談です。今から半世紀以上前の対談ですし、現在のアメリカにそうした伝統が残っているのか問うてみると、いささかあやしくなることは否めませんが、それでもなお世間様に抗う良心の伝統は残っているのも事実ですので、そうした……楽天的といってしまえはそうなのですが……「デモクラシー」の「健全」さを、日本でもどこかで引き受けていかないと、知らない間に「画一化」の傾向に呑みこまれてしまうのではないかと危惧してしまいます。

もちろん、「保護していこう」というパターナリズムの善意の問題は承知しておりますが、それでもなお、盲目的に全体に回収されていくことに無頓着であることより、まだマシですし、流石丸山眞男だなと唸ってしまうのは、そうした抗う知性・良識というのがややもすると「哲人政治」に傾きガチなのが変革の歴史であったわけですから、そこに釘を差すことも忘れない。

かくありたいものです。




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