覚え書:「くらしナビ 『介護民俗学』の取り組み」、『毎日新聞』2014年02月20日(木)付。

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くらしナビ
「介護民俗学」の取り組み

(写真キャプション)「すまいるほーむ」のリビングで、メモを手にお年寄りの話を聞く六車さん(右から2人目)。家族だんらんのような雰囲気だった=静岡県沼津市

 静岡県沼津市のデイサービス「すまいるほーむ」の管理者を務める介護福祉士六車由実さん(43)は、気鋭の民俗学者認知症のお年寄りの人生を聞き書きする「介護民俗学」に取り組んでいる。「介護される側」のお年寄りが「教える側」に変わることで、生きる意欲を取り戻す人もいるという。

介護福祉士六車由実さん提唱
記憶は宝の山
 「ちらしずしには何を入れるの?」
 古い木造平屋建ての民家を改装した「すまいるほーむ」のリビング。利用者の女性7人とテーブルを囲みながら六車さんは尋ねた。
 「のりにシイタケ、ニンジン」「桜エビ」……。記憶の糸を手繰り、孫に教えるように次々に具材を挙げる女性たち。若い頃、魚を開いて加工する店で働いていた女性が「でんぶ。魚から作るだよ」と語り出した。六車さんはにわかに真剣な表情になり、エプロンのポケットからメモ帳を取り出した。
 大学で民俗学を教えていた六車さんは、学問の世界で求められるものと自らが求めるもののギャップに苦しみ、2008年に退職。故郷の沼津に戻り、ハローワークでたまたま見つけたホームヘルパーの講習を受け、特別養護老人ホームの介護職員となった。
 働き始めて間もなく、入所者の90代の男性が排せつに失敗し、下着を汚してしまった。紙パンツを用意する家族の姿に、男性は絶望を深めた。「この世は生き地獄だ」。その言葉に衝撃を受けた六車さんは「そんなことないよ」と励ましたが、自分の言葉がひどく軽薄に思えた。六車さんは、「生き地獄」とまで語った男性の絶望感をどう受け止めるべきか悩んだ。
 そんなある日、男性はふと、長年営んでいた農業の話を始めた。「馬喰(ばくろう」の話を生き生きと語る男性の姿に、六車さんは驚いた。
 「お年寄りの記憶は、民俗学者にとって宝の山だ」
 六車さんは、メモを取りながら男性の話を聞き始めた。
 「そうなんですか。知らなかった!」。夢中で聞いていると、絶望していた男性の目が、やがてキラキラと輝き始めた。

お年寄りが先生に
 介護現場では、介護職員とお年寄りは「介護する側」「される側」に分かれ、関係性を変えるのは難しい。だが「聞き書きをしている間は、『する側』『される側』の関係性が『教えられる人』と『教える人』に逆転した」と六車さんは語る。
 「いずれ認知症になることを恐れ、生きる意味を失うお年寄りは少なくない。でも、そんなお年寄りの人生を豊かにすることに、民俗学の手法が役立つのではないか、と考えるようになりました」
 六車さんによると、介護現場では以前からお年寄りの話に耳を傾ける「傾聴」が重視されていた。心を安定させ、脳機能を維持するのが目的だ。一方、介護民俗学では話の内容自体を重視し、聞いた話を家族や地域に継承することを目指す。
 六車さんは数回に分けて男性の話を聞き、「思い出の記」という冊子にまとめた。男性は数年前に亡くなったが、葬儀で改めて「思い出の記」を読んだ家族から「おじいちゃんの人生はすごかったんだと気付いた」という感想が届いた。
 「おじいちゃんは本当は、私ではなく家族に聞いて欲しかったのでは。話を聞くことで許し合えることがある。『思い出の記』がそのきっかけになれたらうれしい」

「加齢怖くない」
 話を聞きながら、六車さんがいつも心打たれるのは「死ぬまで生きることのすごさ」。「戦争を体験し、その後も壮絶な苦労や別れを経験し、でも生きている。死を間近に感じながら、笑い飛ばしながら体験を話すたくましさに励まされます」
 すまいるほーむでは今、六車さん以外のスタッフも積極的に利用者の話を聞いている。「話を聞いてくれる人がいると思えたら、年を取るのが怖くなくなった」。スタッフの一人が発した言葉に、六車さんは希望の光を見たという。
 「自分が年を取った時、話を聞いてくれるスタッフを育てたい」【山寺香、写真も】
むぐるま・ゆみ 大阪大大学院で民俗学を学び、2004年から東北芸術工科大助教授。09年に静岡県特別養護老人ホームの介護職員となり、12年から現職。03年「神、人を喰う−−人身御供の民俗学」(新曜社)でサントリー学芸賞。13年「驚きの介護民俗学」(医学書院)で日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞。
    −−「くらしナビ 『介護民俗学』の取り組み」、『毎日新聞』2014年02月20日(木)付。

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