覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 学歴逆詐称=山田昌弘」、『毎日新聞』2014年06月04日(水)付。

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くらしの明日
私の社会保障
学歴逆詐称?
大学院修了者に対する偏見

山田昌弘 中央大教授


 先日、海外で働いている女性に話を聞いた。日本に戻るため、中途採用を募集するいくつかの日本企業に応募した。しかし、書類選考で全て落ちてしまった。もしやと思い、大学院博士修了という学歴をわざと書かずに応募してみたところ、海外経験を買われ、面接に来てくれと何社からも連絡が来たという。
 また、日本で大学院を出て正社員として働いていた女性も、退職し、残業がない事務の仕事がよいと派遣会社に登録したが、仕事が回って来なかった。派遣会社のアドバイスで、学歴欄を大学卒に登録しなおしたら、派遣先がすぐ決まったという。
 考えれば不思議な話だ。就職に当たり、彼女らの仕事能力や人柄でなく、学歴が選考基準となり、それも高学歴であることが採用しない大きな理由になっているのだ。彼女らは学歴を鼻にかけているわけでもなく、収入を高くしろと言っているわけでもない。自分にできると思う仕事を探しているだけなのだ。
 大学院修了者の就職難が語られる時、「研究職でなければえり好みしている」「専門にこだわるから就職先を狭めている」と言われることがある。もちろんそういう人もいるだろう。しかし、多くの大学院修了者は、専門がいかせればせれにこしたことはないが、そうでなくてもかまわないと思っている。大学院修了者をそのような「偏見」で見ているのは、採用する企業側である。
 今、法科大学院を修了しても司法試験に受からない人がたくさん出ている。企業側も彼らに冷たく、新卒で応募してもなかなか採用されない。普通の新卒よりも努力家で、法律の知識は豊富なはずだ。しかし、ある企業の人事は「何かを目指して落ちた人はいらない。知識や経験がなくても潜在能力が高い人を採用したい」と言った。法科大学院失敗の理由は、司法試験に失敗したら身につけた式が無駄になるどころかマイナスになる現実があることなのだ。
 私の教え子がパン屋さんで修行している。就職の時、せっかく大学を出ているのにと親に反対されたが、将来自分のベーカリーを開きたいからと、毎日パンを焼いている。私は彼女のことをとても誇りに思っている。学歴が訳に立たない世界だからこそ、大学で学んだ知識や教養、勉強法などが、きっと、将来生きると思うからである。
 幅広い教養、専門的知識は、どんな仕事に就いたとしても、あった方がよいと私は思う。しかし、多くの企業は、まだ、余分な教養や知識がない方が労働者として使いやすいと思っているようだ。しかし、このグローバル化の中、会社文化に染め上た人材だけで企業はうまくいくのだろうか。日本経済はうまくいくのだろうか。

人材活用 社会の課題に
大学院の博士課程修了者の就職率は6割だが、研究職採用枠も限られており、このうち1割は雇用が不安定な非正規雇用者だ。法科大学院も、弁護士の就職難などを背景に入学者が低迷。こうした層の人材活用が社会の課題となっている。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 学歴逆詐称=山田昌弘」、『毎日新聞』2014年06月04日(水)付。

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