覚え書:「書評:「歴史認識」とは何か 大沼 保昭 著」、『東京新聞』2015年09月06日(日)付。


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歴史認識」とは何か 大沼 保昭 著
2015年09月06日


◆真ん中を探る分厚い思考
[評者]小倉紀蔵=京都大教授
 歴史認識をめぐる「右」側と「左」側の論点はほぼ出尽くした。両陣営は妥協なき他者攻撃をつづけてきたが、「自分が絶対正しく、相手は絶対に間違っている」という議論は、結局何も生まないことを国民は知った。今後の歴史認識問題に必要なのは、何よりも「包摂」だ。いかに「右」「左」の立場を包容してぶあつい幅のある議論を構築できるかが重要なのだ。つまり「まん中の軸」をつくること。「まん中」は「妥協」と同意ではない。それを妥協と切り捨てるような「右」「左」の浅薄な態度こそ、不毛なのだ。
 そのことを日本でもっとも強く主張できるのは、この本の著者である大沼保昭氏にちがいない。というのは、大沼氏こそ、慰安婦問題をはじめとして歴史認識問題の最先端で汗水垂らして労苦を重ねてきながら、決して「右」「左」の偏狭な議論に与(くみ)せず、日本という国家の大きさに見合ったリベラルな「まん中」の構築に努力してきた人だからである。アジア女性基金やサハリン朝鮮人問題など、つねに第一線の現場で、尊厳ある「まん中」の立場に立って議論と実践を牽引(けんいん)してきた。
 本書では、歴史認識問題の具体的で多様な論点について、江川紹子氏の質問に答えるかたちで縦横無尽に語られる。「右」「左」の同語反復的で自己閉鎖的な「お話」に倦(う)んできた人は、本書を読めば、遮(さえぎ)られていた視界が一気にひろがる爽快感を得るだろう。
 彼の立場を要約すると、「社会は聖人でできているのではなく、自分も含めて俗人から成っている。歴史認識問題もいたずらに高みから唱えるのではなく、ふつうの人がその当時にどうふるまっただろうか、という観点から考えるべきだ」というものだ。この視点こそ、「自分こそ正しい=偉い」という態度の展示場だったこれまでの議論にかわって、いま求められているものだ。本書は、歴史認識に関して保守とリベラルを包摂した「新センター・スタンダード」となるべき起点である。
(聞き手・江川紹子中公新書・907円)
 おおぬま・やすあき 1946年生まれ。法学者。著書『人権、国家、文明』など。
◆もう1冊
 木村幹著『日韓歴史認識問題とは何か』(ミネルヴァ書房)。日韓両国はなぜ、歴史認識で対立するのか。その構造と背景を解き明かす。
    −−「書評:「歴史認識」とは何か 大沼 保昭 著」、『東京新聞』2015年09月06日(日)付。

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