覚え書:「今週の本棚・本と人:『港、モンテビデオ』 著者・いしいしんじさん」、『毎日新聞』2015年10月11日(日)付。

Resize4260


        • -

今週の本棚・本と人:『港、モンテビデオ』 著者・いしいしんじさん
毎日新聞 2015年10月11日 東京朝刊
 
 (河出書房新社・1782円)

 ◇死者と交信した軌跡

 「今回ほどいろんな人が実生活で生きている時間と、小説が関わったのは初めてでした」

 かつて暮らした三浦半島先端の港町・三崎。行きつけの鮮魚店「まるいち魚店」が、作品の大きな位置を占めた。店を切り盛りしている夫婦、宣(のぶ)さんと美智世さん。出入りしている著者らしき男、慎二の3人が、遠い異国で亡くなった美智世さんの父、黒さんの魂を呼び戻す。

 黒さんは三崎で一番の通信士と呼ばれ、1984年夏、寄港先の南米ウルグアイの首都モンテビデオで急死していた。60歳だった。「黒さんは声の届かない場所で亡くなった。『俺はここにいる』っていう電波を三崎に送っていたと思うんです。美智世さんはその場に行っていないし、黒さんの死がまだ終わっていない感じがありました」

 慎二は通信士としてマグロ釣り漁船「もんてびでお丸」に乗り、航海に出る。舞台は英国セント・アイブス、チリのバルパライソ、そしてモンテビデオへ。「灯台へ」で知られる作家バージニア・ウルフやチリの国民的詩人パブロ・ネルーダらの人生が、先々に呼び出される。「実は厳しい人生を送った人ばかりです」と共通点を述べた。

 慎二と黒さんの発信するモールス信号「PRESENTA」(スペイン語で「ここにいる」)が、通奏低音のように響いている。それは全ての大切な人、待っている誰かに向けたメッセージだ。生も死も時空も超えた世界が、小説の中に立ち上がる。「『ここ』は最初モンテビデオですが、『ここ』がどんどん広がって、この世界くらいの意味になる。だからみんな集まってくることができるんです」

 本作は当初、画家の大竹伸朗さんが描いた絵と融合させるという企画で始まった。小説は2009年に書き終えたが、装丁の話が進まず計画は中断していた。今年3月、そろそろ形にした方がいいと言う大竹さんと、宣さんのがんの進行の知らせが同時に届き、本作りは再開した。

 6月、宣さんは亡くなった。刊行は新盆に間に合った。「生きることは、電波を発し通信しているということ。それは亡くなっても残ります」。身近で大切な人たち、向こう側の世界に行ってしまった人たちと、わが身を通して交信した軌跡である。<文と写真・棚部秀行>
    −−「今週の本棚・本と人:『港、モンテビデオ』 著者・いしいしんじさん」、『毎日新聞』2015年10月11日(日)付。

        • -




http://mainichi.jp/shimen/news/20151011ddm015070051000c.html



Resize4107



港、モンテビデオ
港、モンテビデオ
posted with amazlet at 15.10.21
いしい しんじ
河出書房新社
売り上げランキング: 141,357