覚え書:「Reライフ:写経で無心に」、『朝日新聞』2016年08月01日(月)付。

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Reライフ:写経で無心に
2016年8月1日


写経で無心に<グラフィック・秋沢祐磨>
 ■Reライフ 人生充実

 《5年前に父、3年前に義母が亡くなり、写経を始めました。写経の意義や決まり事があれば知りたいです。 新潟市 平塚君子さん(77)》

 ■集中し仏様とつながる時間 「悩みがちっぽけに」

 多くの人が写経に訪れる京都の大覚寺で、写経の意義を尋ねた。大覚寺は、境内にある心経殿(しんぎょうでん)に平安時代嵯峨天皇が書いた般若心経(はんにゃしんぎょう)が納められていることで知られる。疫病で人々が苦しんでいたころ、嵯峨天皇が国の安泰を願い、人々のためを思って写経したという。

 教学課の藤本浩春さんは「もともと僧侶が仏様の教えを伝える目的で始まった写経ですが、僧侶以外も写経をするようになり、『祈願』や『先祖供養』などへと目的も変わってきました」と話す。

 本堂では写経道場が毎日開かれている。机といすが用意され、筆ペンや文鎮などの道具も貸してもらえる。「塗香(ずこう)」という粉末状のお香を手に塗り、香りを吸い込んで身をきよめてから席に着く。

 大覚寺の写経は、278文字の「般若心経」(奉納料千円)と、般若心経の最後の部分だけを書き写す22文字の「羯諦(ぎゃてい)写経」(同500円)などがある。拝観料500円が別途必要。般若心経なら約1時間、羯諦写経は15分ほどが時間の目安だ。お経が薄く印刷された用紙を使い、なぞって書く。最後に「家内安全」など願い事を記し、奉納する。願い事は「娘が希望する会社に就職できますように」といった具体的なものでもよい。

 「無我夢中で書く時間は、仏様とつながり、自分自身を見つめ直す大事な時間。多くの方に体験してほしいです」

 成田山新勝寺(千葉県成田市)でも、毎日写経ができる。教宣課の原田照晴さんは「写経を体験した方は『集中できて心が落ち着いた』『心がすっきりした』とおっしゃいます」。初めてなら作法の指導もあり、すずりに入れた墨汁と新しい細筆を机に用意してくれる。般若心経(初穂料2千円)と、不動明王の名前を記す10文字の「御宝号(ごほうごう)」(同千円)があり、御宝号は時間がない人や漢字を書き慣れない海外からの観光客でも取り組みやすい。筆は持って帰ることができる。

 東京都の主婦(51)は7月、長男(24)と新勝寺で初めて写経を体験。2時間かけて丁寧に般若心経を書き写した。仕事が大変な息子が頑張れるようにと願いを込めて書いた。「最初は暑かったけれど途中で汗がとまり、雑念を捨てて無心で書けました」。長男も「最初は面倒くさいと思ったけれど、やっているうちに日ごろ悩みに思っていることはちっぽけなことなんだと思えた。肩の荷が下りたような気がします」と語った。

 どちらのお寺でも、奉納された写経は毎日の読経の中で祈願をし、お寺の所定の場所に納められる。写経体験ができるお寺は各地にあるが、最寄りのお寺でできるかどうかは問い合わせが必要だ。

 ■「自宅で」「気軽に」多様な形 練習帳や寄せ書きも

 写経は自宅でもできる。大覚寺新勝寺も、申し込むと写経用紙などを有料で送ってくれる。

 主婦の友社は3月、「1カ月で字と心が美しくなる 般若心経写経練習帳」を刊行した。東京・谷中にある全生庵(ぜんしょうあん)の平井正修住職が監修し、31回にわけて般若心経について解説。書家による鉛筆書きと筆書きのお手本付きで、なぞって練習できる。清書の用紙もついており、清書し納経料とともに全生庵に送れば、納経できる。

 趣味編集部の池上利宗さんは、いま何度目かの写経ブームを迎えていると言う。「若年層は『ブームだから』、比較的年齢が高い層は例えば『近親者が亡くなったから』と、きっかけはそれぞれでしょう。せわしない世の中で、みんな心に迷いのない安らぎの境地を求めているのではないでしょうか」と推測する。

 ユニークな写経も。インターネットでお寺の宿泊施設である宿坊や写経などの体験情報を発信する「宿坊研究会」代表の堀内克彦さんが取り組むのは「寄せ書き写経」。小さなノートを持ち歩き、知り合った人に1人1ページを使って般若心経の1文字と好きな一言を書いてもらう。

 ノートには、漢字1文字とともに「笑顔いっぱい幸せいっぱい」「今が大事」といった言葉が並ぶ。「気軽に取り組める、いろんな形の写経があっていいと思うんです」と堀内さん。記者が書いたのは「無」。「健康に気をつけてがんばります」と添えた。

 ■1時間あっという間

 写経はとっつきにくいと思っていたが、そうでもなかった。大覚寺では般若心経、新勝寺では御宝号を書いた。道具は貸してもらえるし、お経が薄く印刷してあるので間違えることもない。より多くの人に仏教に触れてほしい、ということなのだろう。大覚寺では1時間かかった。「外でセミが鳴いてるなあ」と思いながら書き始めたが、筆先を見つめて書き進むうち、いつのまにかセミの声がやんでいた。1時間はあっという間だった。

 (沼田千賀子)

 ◇「Reライフ」は毎週月曜日に掲載します。次回は「人見知りを克服」の予定です。採り上げてほしいテーマをseikatsu@asahi.comメールするへお寄せください。
    −−「Reライフ:写経で無心に」、『朝日新聞』2016年08月01日(月)付。

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