覚え書:「無戸籍のまま大人になった34歳 「学ぶ日々」取り戻す」、『朝日新聞』2016年09月07日(水)付。

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無戸籍のまま大人になった34歳 「学ぶ日々」取り戻す
中塚久美子2016年9月7日


アルバイトの面接を受ける関東地方の女性。履歴書の学歴欄は空白だ(履歴書の一部を消しています)
 
 親の事情で無戸籍のまま大人になり、義務教育を受けられなかった女性2人が、中学生として学び始めた。特別な事情があれば小学校を出ていなくても中学入学を認めるという国の通知を機に、諦めていた「学ぶ日々」を取り戻そうとしている。

 関東地方の女性(34)は1日、生まれて初めて学校の門をくぐった。9月から在籍できるようになった中学校。保護者と間違われたのか、生徒から「こんにちは」とあいさつされた。

 面談で担任から、「今までつらい思いをしたと思うけど、出会えてよかった」と言われた。女性は「感動した。遅かったけど、来られてよかった。諦めていたので……」と話す。週2日3時間ずつ、別の施設で退職教員から勉強を教わり、来春の卒業をめざす。

 女性の両親は経済的理由で出産費用を払えず、産院で出生証明書をもらえなかったため出生届を出せなかった。相談にいった役所で未提出を責められ、逮捕されるのではと思い、二度と行かなかったという。

 女性の兄や姉には戸籍があり、学校に通っていたため、女性はそのドリルで漢字を練習。子ども向け新聞で見つけた文通相手約10人と手紙をやりとりしたこともある。児童館では利用者名簿に校区外の校名を書き、不審がられないよう努めた。

 一度、親が近隣自治体にある夜間中学へ就学相談に行ったが、住民登録していないと入学を許可できないと言われて諦めたという。

 レストランの洗い場や、倉庫での雑誌の梱包(こんぽう)などをして働いた。仕事先は、履歴書や銀行口座が不要で、給与を手渡しで受け取れるところに限られた。

 音楽のライブで知り合った男性(32)と交際し、一昨年に妊娠。無戸籍のまま出産するのが不安になり、支援団体に連絡した。昨年出産。結婚し、戸籍を整えた。「恥ずかしくない親になりたい」と思った。今年6月、地元の教育委員会に出向き、入学を希望した。

 高卒資格をとり、同じ経験の人を助けるために司法書士になる夢ができた。学費のためにも働きたい。夫は「やりたいことをやってほしい」と応援する。

 女性は「せっかく自分の人生を歩み始めたばかりなので、どの教科も楽しんで勉強したい」と期待する。

■「履歴書に書ける事実を」

 神奈川県の女性(34)は2学期から地元の中学校で元教員の個別指導を受けている。初めての学校。廊下から他の生徒の授業が見える。「子どもがたくさんいて、男の子の声の大きさにびっくりした」と笑う。

 7月、3年生として編入が認められた。8月までは校外の施設で勉強。九九の6の段以上を覚えた。今は、漢字や送り仮名を覚えるため、日記を書くのが宿題だ。「やればできると実感している。機会ができて、ありがたい」と話す。

 女性の母親は、前夫の暴力から逃れ、神奈川へ。離婚が成立しないまま、新たな交際相手との間に生まれたのが女性だ。民法は「婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する」と規定。母親は、出生届を出せば「前夫の子」になるうえ、居場所を知られると思い、届けなかったという。

 女性は幼稚園には通った。遠足や運動会のことをよく覚えている。だが、卒園後に転居。戸籍や住民票がなくても義務教育は受けられることを親は知らなかった。来客から変に思われないよう、私立に通っている設定で黒のランドセルを買い与えられた。

 日中はテレビを見て過ごした。身分証明書が必要な図書館を諦め、本を自由に借りられるコミュニティーセンターに通った。

 事情を聞かされたのは10代になってから。その後ひきこもるなどし、20代後半は幻聴に苦しんだ。

 一昨年、母親の離婚が成立。支援団体の存在を知り、昨年戸籍ができた。中学校編入は自ら希望した。

 今は清掃と介護の仕事を掛け持ちする。中学を卒業したら、定時制通信制など高校の卒業資格を取りたいと考えている。「これまでの人生、何も選べなかった。求人広告を見ても高卒以上ばかり。ウソをつけないから、仕事ができなかった。履歴書に書ける事実がほしい」。将来は「人に助けてもらった恩を、次に困っている人に手渡していけるようになりたい」と話す。(中塚久美子)

     ◇

■無戸籍や虐待に対応、中学入学可能に 文科省通知

 民法の規定が影響するなどして戸籍を持たない人は、法務省によると、8月10日時点で全国に702人。このうち未成年が563人だった。

 法務省からデータ提供を受けるなどして文部科学省が調べた義務教育年齢の無戸籍の児童・生徒は、191人(3月10日時点)。うち就学していない子は1人だったが、6月に無戸籍を解消した。無戸籍のために小中学校に行けなかった期間がある子は7人おり、最長で7年7カ月だった。

 国は、義務教育を受けられないまま対象年齢を過ぎた人の数はつかめていない。自治体などが把握できない人もおり、「実際にはもっといるはず」と支援者らは指摘する。

 こうした状況を受けて、文科省は6月、無戸籍や虐待など特別な事情があれば小学校を卒業していなくても中学入学を認めることが適当だという通知を出した。通学すべき年齢を過ぎて中学校に入学した場合、状況に応じて校長が判断すれば、3年通わなくても卒業できるという。

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■民間団体「民法772条による無戸籍児家族の会」では、無料の電話相談(03・6428・0728)を受け付けている。
    −−「無戸籍のまま大人になった34歳 「学ぶ日々」取り戻す」、『朝日新聞』2016年09月07日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/ASJ8F6FHNJ8FPTFC00K.html





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