覚え書:「インタビュー 米民主党、苦悩の背景 デビッド・ベトラスさん」、『朝日新聞』2017年11月16日(木)付。

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インタビュー 米民主党、苦悩の背景 デビッド・ベトラスさん
2017年11月16日

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バーで地元民の声を聞く

 トランプ米大統領の当選が突きつけたのは、労働者の支持をつなぎとめられない米民主党、リベラル派の姿だ。かつて製造業や製鉄業が栄えた米中西部のラストベルト(さびついた工業地帯)のオハイオ州ヤングスタウンでは、今も労働者の支持は戻っていないという。離反を目撃してきた地元民主党トップに苦悩の背景を聞いた。

 ――オハイオ州などラストベルト諸州で連勝し、トランプ大統領が当選して1年。民主党は敗北から立ち直れていますか?

 「民主党全国委員会はまだ敗因を十分に理解していない。1回の選挙では、党は変わらないのでしょう。党の将来を全く楽観していません。まず、トランプ氏の言動一つ一つを非難することをやめることが重要です。非難ばかりしていると、それが当たり前になり、誰も聞かなくなる」

 「民主党は選挙戦の失敗を今も繰り返している。トランプ氏や支持者を、人種差別主義者や外国人嫌い、バカなどと侮辱すれば、彼らは二度と民主党に戻らない。怒りにまかせての批判をやめないといけない。批判は(自身への)支持にはならない。有権者に響く方向性を示し、メッセージそのもので勝たないといけない」

 ――かつて民主党を支持した労働者はなぜトランプ氏に流れた?

 「民主党ブルーカラー労働者の暮らしを以前ほど気に掛けなくなった。少なくともそれがこの街の労働者に残した印象です。私は投票日の半年前に問題点を列挙したメモを党上層部や選対幹部に送りました。『メッセージを変えないと民主党はラストベルトで負ける』と。全て現実となり、いまホワイトハウスにトランプ氏がいる。これが昨年5月のメモです」

 〈メモ抜粋〉

 クリントン氏の貿易や経済の主張に労働者は共感していない/ラストベルトの民主党員がトランプ氏の応援で共和党予備選に参加している/オハイオ、ミシガンを含め、楽勝のはずの州が接戦になる。

 ――なぜ、このようなメモを?

 「戦略を変えなければ負ける、今なら間に合うと陣営を説得したかった。党候補を1人に絞り込む予備選で、多くの労働者が民主党から共和党に移り、共和党の投票用紙が足りなくなった。本来は民主党への投票を呼び掛ける役割の地域の幹事も『トランプに投票する』と続々と党を去った。何があっても民主党支持だった人々。前代未聞のことが続いた。クリントン氏のメッセージが労働者に響いていないことは明白でした」

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 ――今後、どう変えるべきか?

 「配管工、美容師、大工、屋根ふき、タイル職人、工場労働者など、両手を汚して働いている人に敬意を伝えるべきです。高等教育が広がっていても、多くの人は学位を持っていない。重労働の価値を認め、仕事の前ではなく、後に(汗を流す)シャワーを浴びる労働者の仕事に価値を認めるべきです。彼らは自らの仕事に誇りを持っている。しかし、民主党の姿勢には敬意が感じられない。『もう両手を使う仕事では食べていけない。教育プログラムを受け、学位を取りなさい。パソコンを使って仕事をしなければダメだ』。そんな言葉にウンザリなんです」

 「労働者たちに民主党は『労働者、庶民の党』と伝えてきたが、民主党や反トランプ派からはメディアを通じて(性的少数派の人々が)男性用、女性用どっちのトイレを使うべきか、そんな議論ばかりしているように見えた。私が選挙中に聞かされたのは『民主党は雇用より(性的少数者の人々の)便所の話ばかりしている』という不満だったのです」

 ――でも、60年代以降の公民権運動に象徴されるように民主党は少数派の権利を擁護してきました。米リベラリズムの功績では?

 「その通り。不満を抱く人々、(偏見や差別に)抑圧された側に立つ。それが民主党の品質証明です。でも、順番を間違えてはいけない。雇用や賃金などの労働問題は、万人にとって最大の関心事。これが中央にあるべきです。夕食の卓上を想像して下さい。人工妊娠中絶や性的少数者の権利擁護、『黒人の命も大切だ』運動など、今のリベラル派が重視する争点はどれも大切ですが、選挙ではメインではなく、サイドディッシュです。卓上の中央は常に肉か魚で、労働者の雇用と賃金という経済問題であるべきです。トランプ氏が『今晩のメインは大きなステーキです』と売り込んでいるときに、民主党は『メインはブロッコリー。健康にいい』と言っているように聞こえてしまったのです」

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 「そもそも、この地域で民主党支持だった労働者の多くは自らをリベラルとは認識していない。リベラル派の争点は、彼らにとっては最重要ではないからです。労働者の関心は、よい仕事があるか、きちんと家族を養えるか、子の誕生日にパイを用意できるか、教育を用意できるか、十分な休暇を取れるか、自分の仕事に誇りを持って引退できるかです。これらが、アイデンティティー政治(サイドディッシュ)より重点的に扱われなければならないのです」

 「カリフォルニアやニューヨーク両州は民主党が圧倒的に強い。今の民主党にはシリコンバレーに住む超富裕層から他のどの地域よりも献金が集まる。彼らが党を本来の争点から遠ざけてしまった」

 ――とはいえ、かつての製造業をラストベルトに戻すのは容易ではないと多くの人が言います。

 「そんな言葉は候補者の口から聞きたくないんです。労働者の再教育という訴えも何度も聞かされた。今さらプログラミングなんてできませんよ。そんなメッセージは響かない。なぜ労働者のための政策を実施すると訴えないのか。インフラ整備は代表例。古びた橋や道路を補修すれば多くの雇用になる。彼らは汗を流して自分の腕で稼ぎたがっているんです」

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 ――結局、昨年5月のメモはどうなったのですか?

 「私はオハイオ州に88ある郡の委員長の一人に過ぎません。反応なし。メモを読んでいてくれればラストベルト諸州で連敗することはなかったと思います」

 「想像ですが、私のメモは誰かの机の上に埋もれているのでしょう。『はあ? マホニング郡ってどこだ? なんだオハイオの片田舎か。オハイオは既に獲得済みだ』となったんでしょうね。世論調査を信用し、オハイオで勝てると思い込んだ」

 「ビッグデータの過信にも問題がある。私は前線の一隊長。本部に無線で『ミサイルが標的に当たっていない(メッセージが有権者に届いていない)』と伝えたが、作戦本部は『ミサイルは的を射ている』と自信たっぷりだった、というわけです。有権者と日々接している現場よりも、ビッグデータや、それを活用する大都会ニューヨークの選挙コンサルタントが信用されたのです。私は彼らをインソルタントと呼んでいます(※英語でインソルトは無礼を意味)」

 ――この地域を取材中、トランプ支持に流れた元民主党員から「民主党の指導層からは『自分たちは地方よりも物事を理解している』という傲慢(ごうまん)さを感じる」という不満を繰り返し聞きました。

 「党内のエリート主義です。資金と権力を握っている指導部には『地方のキミに何がわかる?』という姿勢がある」

 ――トランプ氏の支持率は歴代大統領に比べても低いです。

 「少なくともこの地域では、ほとんどトランプ支持から離れていない。それが実態です。選挙期間と同じで、世論調査を信じてはいけない。トランプ支持は『恥ずかしいこと』という認識があり、調査の電話がかかってきてもなかなか支持しているとは認めません」

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 David Betras 1959年生まれ。オハイオ州マホニング郡の民主党委員長。弁護士として、医療過誤や刑事弁護などを手がける。

 ■取材を終えて

 ベトラス氏は全米の民主党を代表していない。大勢いる地方の委員長の一人だ。それでも意見を聞きたかったのは、労働者の票をまとめきれない、今の米民主党、リベラル派の課題が、現場から見えるかもしれないと考えたからだ。

 世界経済が急速にグローバル化し、企業が国際競争にさらされる中、先進国でかつての雇用や賃金を維持することは難しくなった。1990年代のクリントン民主党政権は労組の反対を押し切って、北米自由貿易協定(NAFTA)など自由貿易路線を進めた。80年代の大統領選で3連敗した民主党にとって、現実的な軌道修正とも評された。

 ただ、警告を発する人もいた。

 90年代末に哲学者、故リチャード・ローティ氏は、労働問題が正面から語られなくなる中で「ストロングマン(有力者)」の誕生を望む声が強まる事態を警告していた。さらに、その後に起こりそうなこととして、60年代以降に拡大した少数者の権利が「帳消し」になることも懸念していた。米国では今、トランプ大統領が誕生し、白人至上主義勢力が労働者への勧誘を活発化させている。

 米民主党の苦悩は、左派が混迷してきた日本にも示唆を含むかもしれない。米民主党、リベラル派が今後、何を訴え、どこに向かうのか。日本社会への意味も考えながら伝えていきたい。(聞き手 ニューヨーク支局員・金成隆一)
    −−「インタビュー 米民主党、苦悩の背景 デビッド・ベトラスさん」、『朝日新聞』2017年11月16日(木)付。

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(インタビュー)米民主党、苦悩の背景 デビッド・ベトラスさん:朝日新聞デジタル