覚え書:「耕論 いじめ、そのとき 飛田桂さん、新井肇さん、勝村久司さん」、『朝日新聞』2017年11月22日(水)付。


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耕論 いじめ、そのとき 飛田桂さん、新井肇さん、勝村久司さん
2017年11月22日

写真・図版
いじめは認知されにくい<グラフィック・山本美雪>

 いじめが疑われる子どもの自殺や不登校がなくならない。発生後の学校の対応や第三者委員会の調査で、本人や遺族がさらに傷つくこともある。抜本的な改善策はあるのか。

特集:いじめと君
 ■被害の訴え、それこそ証拠 飛田桂(弁護士)

 私が代理人を務めた少年は、原発事故後に福島県から避難した横浜市で、同級生らにいじめられて不登校になりました。でも、学校や教育委員会は当初、いじめと認定しませんでした。この例に限らず、いじめの訴えが認められずに不登校や自殺に追い込まれる子どもが大勢います。

 訴えがきちんと認められない一因は、正しいいじめの定義が浸透していないからだと思います。いじめ防止対策推進法によれば、本人が嫌だと感じる行為はすべてその子に対するいじめになります。しかしいまだに、暴力などに限定されていた過去の定義を前提に判断する人がいます。

 いじめの訴えに対して証拠を求める学校や教育委員会の対応にも問題があります。いじめの多くは密室で起きます。大人に叱られるかもしれないのに、いじめたと証言する子は少ないでしょう。証拠が無ければ認めないなら、大半のいじめは無かったことになってしまいます。

 横浜市の少年に話を聞き始めた頃、殴る蹴るといったいじめに話が及ぶと、少年の顔が真っ青になり、目が宙をさまよいました。注意深く面談を重ねて信頼関係を築き、ようやく暴行を受けたり多額の金銭を要求されたりしたと言葉にしてもらえました。

 いじめられた体験を話すのは、嫌な過去を思い出す苦痛を伴うだけでなく、自分は暴力を振るわれるままだった、言われるまま両親のお金を出してしまったと告白することで、自尊心が傷つけられます。それに耐えて絞り出した訴えが、「相手の子と話が食い違っている。証拠が無い」などの理由でなかなか認められませんでした。少年は自分が否定されたと感じ、さらに深く傷つきました。

 訴える子の話が具体的で、筋が通っていても、いじめの存在を認めないというのはおかしいです。ましてや子どもが自殺した場合、生前に遺書や家族や友人などにいじめを訴えていたなら、それは重視されなければなりません。いじめを訴える子どもの話は、それ自体が証拠なのです。

 子どもの話以外に証拠が無い場合にいじめを認めることには異論があるかもしれません。しかし、調査が、いじめた子に責任を負わせるために行うものではないことが徹底すれば、理解が得られるのではないでしょうか。

 いじめた子がなぜそんなことをしたのか。訴えのあったいじめ行為だけでなく、背景にある問題全体に目配りをするべきです。もしいじめが学校や家庭でのストレスのはけ口だったなら、原因となるストレスを解消する方策を考える必要があるでしょう。

 いじめの訴えを端緒に、関係する子どもたちが抱える問題を探り、解決を目指す。それが再発防止への道だと思います。

 (聞き手・大岩ゆり)

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 ひだけい 82年生まれ。日本大通り法律事務所(横浜市)所属。いじめ重大事態の調査や児童相談所の嘱託も務める。

 ■担任一人で抱えず、共有を 新井肇さん(関西外国語大学教授)

 学校は、最悪の事態を想定する感覚が薄いと感じます。ほとんどの子は健康で、元気に過ごしているからかもしれません。性善説に立つ先生が多く、子どもに二面性があることを見落としがちになります。また、大半の先生が、自分の体験から学校にプラスイメージを持っています。そんな条件が重なり、自殺など重大事態につながる問題が起きていても、見えなくなることがある気がします。

 いじめを防ぐ対策を議論してきた文部科学省有識者会議は昨年、教職員の業務において「自殺予防、いじめへの対応を最優先の事項に位置付ける」と提言しました。このくらいなら大丈夫という感覚が先生たちに働かないよう、あえて強調したのです。

 いじめの7、8割は教室で起きると言われます。自分の学級に加害者も被害者もいる。すると、責任感から自分の指導が至らないからではないかと思い、自分の力で何とかしたいと考える。それが抱え込みにつながります。

 だからこそ、子どもの様子についての情報共有が欠かせません。自分は大丈夫と思っても、別の先生は重大事態のサインに気づくかもしれない。職員室でお茶を飲んだりしながら、雑談レベルの話し合いを持つ時間も必要です。

 大事なのは、子どもの変化に気づいたら、背景に何があるのかを多角的な視点から問うこと。いじめはないと思いたいけれど、わかりにくさから逃げず、皆で粘り強く子どもを見ていくことです。重大事態が起きると先生はたたかれますが、そんなふうにして子どもを救っている例は、その何倍もあると思います。

 背景調査に加わった経験から言うと、聞き取りやアンケートなどから、いじめがあったかどうかはある程度確かめられます。しかし、自殺との因果関係を確定することは難しい。

 子どもの自殺は大人に比べて衝動性が高く、遺書がないことも多い。そこで、調査する第三者委員会は、遺族の了解が取れれば、日記やアルバム、作文、小遣い帳、好きだった本や音楽などを見たり聞いたりして、どんな思いで生きてきたかをたどります。

 そうすると、ある時点での苦しみの内容や原因が浮かび上がってくることもあります。しかし、多くの場合、それと自殺という行動の結びつきをどう解明するのか、真実にどれだけ近づけるのか、常に難しく感じています。

 いじめは絶対に許されません。しかし、加害者が背景に何かを抱えていることも少なくありません。そこに目を向けないと根本的な解決につながりません。加害者の行為を厳しく指導しつつも、受け止めて成長支援につなげる視点が、いじめ防止対策推進法では弱い気がしています。

 (聞き手・片山健志)

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 あらいはじめ 51年生まれ。専門は生徒指導論。埼玉県の公立高校教諭、兵庫教育大学大学院教授を経て現職。

 ■包み隠さず、真相明らかに 勝村久司さん(大阪府立高校教員)

 私は27年前、出産時の医療事故で長女を亡くし、裁判を起こしました。当時はカルテなどの記録を患者が見ることができず、他に原因を知る道がなかったからです。その後、医療における情報公開を求めて活動し、手術後に多くの患者が亡くなった群馬大学病院の第三者委員会などに被害者や患者の立場で参加してきました。

 教育現場と医療現場には、いくつかの共通点があります。どちらも学校や病院という閉じられた空間で、何か起きた時、隠そうとする体質が問題視されてきました。

 いじめによる不登校や自殺といった事態が起きた際、いじめられた子や保護者が第三者委に望むのは、医療事故と同じように、何が起きたのか事実をすべて明らかにしてもらうことでしょう。

 重大事態が起きたら第三者委は、生徒や保護者のやりとり、職員間の会議の記録など、関係する情報をすべて収集するべきです。全校生徒に、自分が関わったこと見聞きしたことを書いてもらい、それも提出してもらうといいと思います。教師や保護者には見せないと約束すれば、大抵の子は正直に書くでしょう。

 個人名は伏せても、第三者委は集めた情報をすべて被害者側に見せ、調査結果を報告するべきです。わからないままの部分も残るでしょうが、できる限り調べ、学校も包み隠さず正直に情報提供したとわかれば、被害者側も納得できるはずです。

 私が原因究明を求めたのは、真相が知りたいだけでなく、他の子どもが同じような被害に遭うのを防ぐ対策が取られたら、娘の命に意味があったと考えられるからです。いじめを苦に自殺した子どもの遺族も同じ思いではないでしょうか。第三者委は調査を基に、被害者側の思いをいかし、具体的で有効な再発防止策をつくるべきです。

 いじめの全容がわからなければ対応が取れないわけではありません。いじめの訴えが出たということは、その子にとって学校が居心地のいい場所でなく、相手の子どもたちとの人間関係も健全ではなかったのは確かです。

 困っていることを口にできない子どもも大勢います。悩みを打ち明けやすい大人が周囲にいない場合もあります。教師や保護者らが、欠席日数や保健室に行く回数が増えていないかなど目を光らせて、SOSの兆候を見逃さない努力が大切だと思います。

 教育も医療も、個人差のある人間が相手で、マニュアル通りにいかないことがたくさんあります。通り一遍の対応で終わらせようとせず、状況に応じて柔軟に、かつチームを組んで臨むべきです。正解も一つではなく試行錯誤の連続ですが、精いっぱいの対応を続けることが重要です。

 (聞き手・大岩ゆり)

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 かつむらひさし 61年生まれ。医療事故で娘を亡くし訴訟を経験。群馬大学病院などの医療事故の第三者委員会の委員を歴任。
    −−「耕論 いじめ、そのとき 飛田桂さん、新井肇さん、勝村久司さん」、『朝日新聞』2017年11月22日(水)付。

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(耕論)いじめ、そのとき 飛田桂さん、新井肇さん、勝村久司さん:朝日新聞デジタル