ひたすら対立する現実という幻想は、人間を極端に矮小化させ、主役として考える自由を奪ってきたのである





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 カデル・ミアはムスリムの犠牲者として死亡したが、彼はまた困難な時代に家族が生き延びるために、わずかな仕事と少しばかりのお金を必死に求める働き口のない貧しい労働者として死んだとも言える。どんな共同体でも、最下層の人びとがこのような暴動でいちばん犠牲になりやすい。彼らは日々の糧を探し求めて、まったく無防備のまま出歩かなければならないし、あばら屋は暴力集団に容易に押し入られ、荒らされがちだからだ。ヒンドゥームスリム暴動では、ヒンドゥーのならず者がムスリムの貧しい弱者を簡単に殺したし、かたやムスリムのならず者も困窮したヒンドゥーの犠牲者を勝手に殺害した。むごたらしく犠牲となった双方の人びとの共同体アイデンティティはかなり異なるが、彼らの(経済手段に欠く貧しい労働者としての)階級アイデンティティはほぼ同じなのだ。だが、単一基準の分類ばかりが注目される、偏った見方がなされていた時代には、宗教的民族性意外のアイデンティティは重視されなかった。ひたすら対立する現実という幻想は、人間を極端に矮小化させ、主役として考える自由を奪ってきたのである。
    −−アマルティア・セン(大門毅編集、東郷えりか訳)『アイデンティティと暴力 運命は幻想である』勁草書房、2011年、240−241頁。

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安田浩一さんが労作『ネットと愛国』(講談社)で暴き出したように、いわゆる東アジア出身の日本在住の外国人のひとびとを「殺せ」と罵る「ネット右翼」と呼ばれるヒトたちの批判の根拠は、ウソとねつ造に基づくものだし、そうがい旋するひとびとは、「実際に、何かやられたわけではない」ともいう。

ねじれた承認欲求と連帯することで得られる高揚感。こういったものが彼らを突き動かし、その所行はますますエスカレートしていくばかりだ。

この土曜日・日曜日は、新大久保界隈でデモをやっているという。

そのレポートは以下の通り(2/9・土曜日ぶん)。

【ばーかばーか】どこまでも堕ち続ける在特会系ヘイト&ハラスメントデモ in 新大久保(2・9)【あっかんべー】 - Togetter

自称桜井誠在特会会長、2月9日の反韓デモ(新大久保)でKポップファンを「なぶり殺す」よう呼びかけ - Togetter

さて……と。
差異による「対立」とは、ほとんど場合、為政者によって都合のいいように“ねつ造”され、権力を補完するために動員されたものといってよい。世界各地でのさまざまな対立も根を辿っていくと、根拠はほとんどない。しかしひとびとは、自分とは異なる相手を、その特異な一点にのみ集中して理解しようとする。それでは十全な人間理解など不可能だ。

もっとも対象を十全に理解するということ自体が、哲学の狭い話でいえばナンセンスなのでしょうが、それを言ってしまうともともこうもない。それは、哲学の持つ「権力性」批判において有用な議論だからだ。その意味では、人間生活世界において十全な理解に近づく努力をしたいという複眼的思考と言い換えた方が正確だと思いますが、一点にのみ集中して理解仕様とするのは、いうまでもなくナンセンスでしょう。

インドや中東における宗教の違いによる殺戮。
これが遠い世界ではなく日本でもいま現在進行形で進んでいる。もちろん、アマルティア・センのように「目の前でなぶり殺し」にされた事例にまでは至ってはいない……かも知れない。

しかし1mm隔てたぎりぎりのところまでは進んでいることは承知しておくべきなのではないだろうか。

そして、上品に留まり「野蛮なひとたちね、おほほ」という、最終的には、フライコールが「容認」されてしまう結果にはならないような態度を取っていくしかないのではないかと昨今思う。



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疑う余地のない命題に対して反論しようとする者には、『馬鹿げている』と言うだけでよいだろう。つまり答えるのではなく、正気づけてやるのだ(四九五)。

    −−ウィトゲンシュタイン(黒田亘訳)「確実性の問題」、『ウィトゲンシュタイン全集9』大修館書店、1975年、124頁。

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まさに「馬鹿げている」と思うのでなく、「正気づけて」いかないといけない。






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覚え書:「吉野作造:仙台出身の甘粕大尉が命狙う? うかがわせる歌、雑誌に掲載 /宮城」、『毎日新聞』2013年02月08日(金)付、地方版(宮城県)・電子版。




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吉野作造:仙台出身の甘粕大尉が命狙う? うかがわせる歌、雑誌に掲載 /宮城
毎日新聞 2013年02月08日 地方版

 1923(大正12)年9月、関東大震災後の混乱に乗じて無政府主義者大杉栄ら3人を殺害した陸軍憲兵大尉・甘粕正彦仙台市出身)が民本主義者、吉野作造の命を狙っていたことをうかがわせる歌が掲載された雑誌(コピー)が、大崎市古川の吉野作造記念館に所蔵されている。

 反軍部の姿勢を明確にしていた吉野は22年2月、「陸海軍大臣が内閣から独立して天皇に直接上奏する権限を有するのは(明治)憲法違反」と新聞紙面で軍部を批判。18年に始まったシベリア出兵以来、吉野の軍部批判はやまなかった。

 雑誌は、24年1月発行の陸軍憲兵隊の機関誌「軍事警察雑誌 第18巻第1号」。甘粕に近いとされる憲兵、野村昌靖の作で「甘糟(粕)大尉 琵琶(びわ)歌」が掲載されている。琵琶歌は、琵琶の伴奏に合わせて歌われる。

 琵琶歌は七五調で約200行。大杉らの殺害を容認し、甘粕をたたえる内容。甘粕は、軍部批判を繰り返していた吉野に反感を募らせていたとされ、歌には「(前略)大過(杉)夫妻のみにては 主義者の根絶 思いもよらず 博士悪森はじめとし 残徒どもの根を絶やし(後略)」との部分がある。「悪森」は甘粕らが使った吉野の蔑称とされる。

 震災時に警視庁警務部長だった正力松太郎は24年、軍部に吉野暗殺計画があったことを証言している。

 雑誌は同館館長だった田中昌亮さんが数年前に入手していた。【小原博人】
    −−「吉野作造:仙台出身の甘粕大尉が命狙う? うかがわせる歌、雑誌に掲載 /宮城」、『毎日新聞』2013年02月08日(金)付、地方版(宮城県)・電子版。

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http://mainichi.jp/feature/news/20130208ddlk04040243000c.html




田村貞雄「大杉栄虐殺と吉野作造暗殺計画」



http://members2.jcom.home.ne.jp/mgrmhosw/oosugisakae1.htm






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覚え書:「戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939−45 [著]ロジャー・ムーアハウス [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年02月03日(日)付。




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戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939−45 [著]ロジャー・ムーアハウス
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)  [掲載]2013年02月03日


著者:ロジャー・ムーアハウス、高儀進  出版社:白水社 価格:¥ 4,200


■史料と証言で描く首都の恐怖

 第2次世界大戦の期間、ナチス体制のもとでベルリン市民はどのような感情を持ち、いかなる生活を送っていたのか。1968年生まれの英国人著述家が長年の取材と未公刊の回想録・日記を駆使してまとめた〈戦時下ベルリンの社会史〉である。類書がないだけに貴重な書でもある。
 ベルリンは大戦の「恐怖をじかに経験した、ヨーロッパでごく数少ない首都の一つ」という理解を土台に据えて、戦時下市民の醒(さ)めた空気(開戦初期にはヒトラーの外交交渉で戦争終結を望んでいた)、灯火管制と配給生活、英国空軍の夜間爆撃(戦争末期には米国空軍の昼間爆撃)、ベルリン都市改造のゲルマニア計画、ラジオというメディアの登場、占領地の強制労働者の収容施設の現実などを史料と証言で畳みこむように描写する。意外なことだが、ベルリンにとどまるユダヤ人、そのユダヤ人を匿(かくま)う非ユダヤ人、あるいは地下に潜る反ナチの人たちの動きが冷静な筆で描かれることに新鮮な驚きがある。個々の史実に著者が息吹を与えているためだ。
 戦況の良い時には、ベルリン市民には平穏と落ち着きがあったのだが、戦況の悪化と共にこの首都にも暴力の地肌が露呈してくる。戦争の末期(43年秋以降)になると、恐怖という感情が街全体を支配していく。ゲシュタポの拷問と暴力、それにもめげずに反ナチのリーフレットを配布する市民、街には死体が氾濫(はんらん)し、戦争に萎(な)える空気を、著者は卑劣な密告、勇気ある抵抗など「人間」の行動を示すエピソードを通じて紹介する。
 ナチスが国民に信頼されたのは、ドイツの名誉を復権させたことと39年からの戦争の拡大にあったとの指摘、それが対ソ戦で崩れ、やがて凄(すさ)まじい暴力の応酬を受ける様は、章の見出しにある「因果応報」、あるいは「狂気の果て」なのか。本書で語られる、数多くの人間的な葛藤図に黙考せざるをえない。
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 高儀進訳、白水社・4200円/Roger Moorhouse 中央ヨーロッパ史、現代ドイツ史。『ヒトラー暗殺』
    −−「戦時下のベルリン―空襲と窮乏の生活1939−45 [著]ロジャー・ムーアハウス [評者]保阪正康」、『朝日新聞』2013年02月03日(日)付。

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史料と証言で描く首都の恐怖|好書好日






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